−生徒の体験談・結果−

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入学時 卒業時 米国高校卒業時
けいすけ
17
鹿児島県出身


米オレゴン州公立高校編入
成績優秀生徒として卒業
大学進学資金の為就労
英検準一級合格!
特別公務員試験合格!
TOEFL573点獲得!
通訳としてシンガポールに派遣決定!

学校生活の思い出はいじめの連続

こんにちは、僕は鹿児島県出身の屋島佳典といいます。自分は小さい頃幼稚園に通っていて、その頃は一人でトイレに行く事ができず、先生にいつも付き添ってもらっていました。ある日トイレに行きたいと先生に何回も言ったのですが、先生は見向きもせず、漏らしてしまいました。それを見ていた周りの人の冷たい視線や笑い声で恥ずかしくなり、大きなショックを受け傷つきました。この事だけがきっかけではないのですが、小学校の低学年の頃は友達を持たず学校では一人で過ごしていました。どこかに人に傷つけられたくないという気持ちがあったのだと思います。5年生の時には良い友達ができ楽しい学校生活を過ごしていたのですが、父の仕事で鹿児島に転校することになりました。気持ちも一新して沢山の友達を作ろうとしテニスクラブにも入りました。そんなある日4人の友達と話していた時、一人の友達が自慢話をし始めました。自分は聞いていて馬鹿らしいといった言葉を言った時、その友達は黙って立ち去っていきました。悪いと思い彼に謝ったのですが、“うん”とは言ってくれたものの、その後他の友達も参加して僕に対してとてもきつくなりました。その後悪口を言われたり、無視をされたりでいやがらせは止みませんでした。中学に入ってまた新しい気持ちで剣道部に入りましたが、先輩後輩の上下関係が激しく、部の雰囲気も悪く、先輩からいじめを受ける様になりました。いじめの原因は、自分の意見を主張すると相手の反感をかうのではないかと相手に合わせていた事も自らの行動による原因ではなかったかと思います。2学期に入るとクラスの数人が自分の悪口を言う様になり、不快な噂も流される様になりました。自分は普段は無口なのでその事が悪い印象になりいじめが加速していったのだと思います。
3学期になると嫌がらせをする人が増え、毎日の様にいじめに遭いました。机にらくがきをされたり、靴に画鋲が入っていたり、スリッパを隠されたり、声を掛けても無視をされたりしました。この頃からなんでこんな辛い想いをしてまで学校にいかなければならないのかと思い、度々学校を休む様になりました。自分は人をいじめた事はないのに………とても辛かったです。性格も段々暗くなっていきました。そうだ、高校に進学すればこの辛い想いは解消できるのだ、と思い一生懸命勉強して新しいスタートを切ろうと意気込みました。
無事高校に入学したのですが、3学期のある時、ずっとあったいじめの事を深く考える様になり、自分はどこでも嫌われ者なのだ、皆は自分を嫌いで避けているのだ思い込み、学校を休む様になりました。学校にいる事自体が苦痛になってきたのです。悪口を言われているのではないのか?誰かがまたイジめるのではないか?少しでも“気持ちが悪い”とか“むかつく”、“変な奴”というネガティブな言葉を耳にする度にまた自分を標的にいじめが始まるのではないか、と恐怖心で頭がいっぱいでした。休み始めた僕は家族にも理由を話したくなく、自分が避けられていると言う事を情けなく恥ずかしいと思ってだれにも心を開こうとはしませんでした。ある日母親に問い詰められやっとその事を伝えると、両親と先生とで話し合いを持つ事になり、先生も理解してくださり、ドライブやレストランに連れて行ってくださったのですが、どうしても思い込みと恐怖心から先生との連絡も途切れるようになりました。殆ど家で過ごしている自分には2つの不安がありました。このままだと高校も卒業できなく仕事に就けないのではないのかと言う不安とこれから社会に出てまた同じ様な辛い経験をするのではないかという事でした。週2回カウンセリングを受け精神安定剤も服用していました。
両親は不登校になった僕を無理に学校に行かせず、暖かい目で見守ってくれました。父はスポーツ好きで仕事から帰った後いつも走ろうと言って誘ってくれたり、キャッチボールをしてくれました。母は必死にパソコンや電話で情報収集をして僕の進路を考えてくれました。そんな時母が沖縄のアカデミアを見つけ親子3人で行く事を決めました。アカデミアに着いた時、皆が大きな笑顔で迎えてくださり、緊張している僕に廣谷先生は面白い話をして自分も笑顔になりホッとしました。生徒さんの自己紹介があり、そこで自分は衝撃を受けました。自分の辛い体験を堂々と語り、乗り越えようとしている姿は僕の目にとても新鮮に映り、ここに自分を賭けて見ようと思いました。先生達は自分達の事を捨ててまで真剣に人間関係の築き方や生きる上で大事な事や人としてのマナーを丁寧に教えてくださいました。先生達に出会っていなかったら……今自分はどうなっているのかと思うととても怖いです。いじめの原因を他人のせいにしていましたが、自分にも原因があった事を知る事ができました。
今自分はアメリカと言う異国の高校でとても楽しい高校生活を送っています。この様な素晴らしい経験ができるのは、先生達や両親のお陰だと心から感謝しています。もしあの辛いイジメ、学校生活がなかったらこの様な素晴らしい機会にも巡り会えなかったと思うと、過去の全てが受け入れられる様になりました。これからは人間的にもっと成長したいと思っています。ありがとうございました。

父母からのメッセージ
佳典がアカデミアに行ってからこれまで大変なご恩を受けていますが,今更ながらアカデミアに佳典を預かって頂いた幸運を以前にも増して実感しています。家にいた頃は、自分中心で人が自分に何かしてくれることばかり望んでいたと思います。今ではまわりに何かやってあげようとする気持ちが伝わってきて本当にすごいと思います。今の学校教育では考えられないことです。廣谷先生・藤田さん・千葉さん・玉城さん・玉賢さんの一流の教育、躾、心、他のどこを探してもアカデミアのような所は見つかりません。人間が生きていく上で、本当に大切な事を教えてもらっているんだと実感しています。正直ここまでしてくださるとは思いませんでした。本当に大変なご尽力を頂き有難うございます。

卒業にあたって
今回卒業するにあたり改めてお礼申し上げます。今までありがとうございました。
何も知らない僕に国際マナーや生きる上で大切な事を一から教えて頂きました。廣谷先生がご自分の時間を割いてまで、捨て身で向き合って下さった事、本当に感謝しています。鹿児島大会に参加させて頂いた事や美味しい手作りラーメンを作って下さったり、沖縄のさまざまな所へ連れていって頂いた経験はすばらしい思い出になりました。廣谷先生は命の恩人です。鹿屋で毎日不安に生活していた時を振り返ると、今ここにいられるのは先生方の大きな支えがあってのものだと実感しています。これから行かせて頂くアメリカという大舞台は、先生方のリスクの上にあるということを常に頭に入れて、謙虚さ、緊張感を忘れずに生きていきたいと思います。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
早いもので佳典が旅立ちはや9ヶ月が過ぎようとしています。アメリカの高校の卒業式を迎えられそうで、喜びの気持ちでいっぱいです。廣谷先生のお力添えで、ポーラ先生はじめ多くの方々のご指導、ご支援をいただきましてようやくここまでたどりつく事ができました。廣谷先生との出会いとご尽力が無ければ、決して有り得なかった事と、主人共々深く感謝しております。有り難うございます。


入学時 卒業時 米国高校卒業時
ともあき
17
兵庫県出身

米オレゴン州公立高校編入
成績優秀生徒として卒業!
京都外語大学英文科合格!
大学卒業・就職決定!

高校生活に突然生きがいを感じなくなった自分

僕は中学からバスケ部に所属し、いわゆるふつうの学生生活を送っていました。まさか自分が高校を中退し引きこもりになるとは自分自身を始め両親、家族のみんなは夢にも思っていませんでした。中学を卒業し、地元の公立高校に進学しました。高校生になった自分はバスケ部に入り普通に学校にも行っていたのですが、学校生活は自分を押し殺し、先生の話をただ聞いていればいいと思っていたので、一学期を終えたころには覇気が無くなり勉強をする気が無くなりました。夏休みに補習がありましたがもうそのころにはどうでもよくなり、バスケだけをしに学校に行っていました。しかし、部活の顧問の先生はとても厳しく感情的な人だったので、部活のメンバーが次第に辞めていき部活をする気も無くなりました。勉強する事に生き甲斐を感じなかった自分は学校に行く意味を見出せなくなりました。ある日すべてが面倒臭いと思うようになった自分は母が出勤する時間になっても起きようとはせず皆がいなくなったのを確認してから居間に行くと母が作った弁当がおいてありとても悲しく申し訳ない気持ちになりました。母の気持ちを知っていたのですが、僕はどうする事も出来ずただ家でゲームをして一日を過ごすようになっていきました。真面目な性格の自分はかたや学校にいかない自分といけない自分を真剣に考えはじめ、それと同時に何か自分に焦りのようなものを感じ、どんどん自分を追い込んでいき孤独感、孤立感が増していきました。両親はとても気を使ってくれ、登山や旅行にもつれていってくれたのですが、気持ちに余裕のなかった自分にはよい結果にはなりませんでした。母はとても心配し姉のバイト先でアルバイトができる様頼んでくれたのですが、いやいや出勤していた自分はある日突然、バイトも行かなくなりました。生きる目的、将来の夢や希望を失っていた自分は、自分がダメな人間なのだと決めつけ自分を責め一人で悩んでいて、死にたいと思いました。しかし自分が死んでも誰の記憶にも残らず今迄の人生はなんだったのだろうと思うと悲しくて死ぬに死ねませんでした。そして毎日、毎日ひとり悩み苦しみ、親には迷惑をかけて悪いと言う気持ちがある反面、自分ではどうする事も出来ず、自分の居ないところで自分のことを話しているのが聞こえたりして、両親をそのような立場に置かせている事がとても辛かったです。そのあといくつかの高校にも見学に行きましたが、高校に行きたいとは思っていなかったのでことごとく拒否しました。働く事も学校に行く事も出来ない自分は八方ふさがりで本当に生きる自信をなくしていたのだと思います。
そんな時母が、日本青少年育成協会の相談会に行き、次の日に廣谷先生が家に来て下さるという事を母から聞きました。母はあまり詳しく聞かせてくれなかったのですが、ひとまず会ってみようと言う事でした。先生は終始笑顔でしたが自信を失っていた僕は全く受け入れようとはしませんでした。しかし母は諦めず毎日のように沖縄への体験入学を勧め、じゃあ見学だけという気持ちで行きました。
自分は不登校とは認めたくなかったのですが、沖縄の皆がとてもいきいきしていて、それで僕も自分自身の問題と向き合おうと思いました。この出会いが後の僕の人生を大きく変える事になるとは夢にも思いませんでした。
今回、すばらしい先生方の支えがありアメリカの高校に編入させて頂き、アメリカの校長先生がお食事やパーティーに招待してくださり、いつも気にかけて下さり、学校生活がこんなにも楽しいものだとは思いませんでした。去年、先生方の支えがあり、また自分も全力を注ぐ事ができ主席でアメリカの高校を卒業して参りました。本当に先生方にはとても感謝しています。ありがとうございました。

父母からのメッセージ
いつも兼明の為に暖かいご指導とお力添えをいただき、ありがとうございます。また、この度はアメリカ留学に向けて大変なご尽力をいただき、重ねてお礼申し上げます。昨年の秋に廣谷先生に初めてお会いして感銘を受けたこと、兼明を連れて夫婦で沖縄を訪れたこと、先生を信じて兼明をお願いできたというこの素晴らしいご縁が私達家族を変えてくださいました。自分に自信を無くしてしまい、人と普通に接することさえもできなくなって、いつも現実から目をそむけて逃げてばっかりいた兼明、そんな息子に対してどうしていいかわからずに、ただうろたえている私たち夫婦。あの時に先生にお会いしていなかったら、今も変わらず家に閉じこもっている兼明と、それを悩みながらも半ばそれに慣れきってあきらめている私たちがいたかもしれません。いつも真正面から向き合いながら人間としてどう生きていくか、人間として何が本当に大切なのかを教えてくださる先生、本当にお互いのことを分かり合える友達、アカデミアでの生活は兼明にとって生涯かけがえのない宝物となっていることでしょう。
最初は自分の用件、注文ばかりだった兼明との電話にもだんだんと変化が出てきて、先生への感謝の言葉や信頼と尊敬の気持ち、友達との楽しい関係、思いやりの気持ち、自分自身の将来のことなどを聞いたときは嬉しさでいっぱいでした。「アカデミアでの生活は楽しくて素晴らしいけど、いつまでも甘えてられない。自分の力で考えて努力しなくちゃいけないから」との兼明の言葉に力強さを感じました。昼夜も休日もいとわずにいつも兼明のためにご尽力頂いたことに言葉では言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。自分のことだけでなく、他人に対する思いやりや謙虚な気持ちを忘れずに少しでも自分自身を成長させようと懸命に努力することを信じて兼明を見守っていきたいと思っています。

卒業にあたって
今回渡米するにあたって改めてお礼申し上げます。このような素晴らしいチャンスを頂けるという事は、僕の人生で一番大きな出来事に違いないと思います。とてもうれしいです。これも廣谷先生を始めとした先生方のお力添えのおかげです。廣谷先生が僕の家に来てくださったあの頃の僕は死人のように無表情でした。しかし、廣谷先生がわざわざ僕の家に来て、僕を抱きしめて下さってから、ようやく人間らしさが出てきたように思います。こうして新しい人生を歩き出すことができるのも廣谷先生のご尽力のおかげです。廣谷先生があの時僕の家を訪問してくださらなければ、僕の人生はこの世に存在しなかったと思います。このように大きな舞台を準備してくださり本当にありがとうございます。これから僕がやらなければいけないのは、謙虚になって、人を助けることだと思います。僕は今まで自分を譲ることを知らず、人に助けてもらってばかりでした。今度は僕が、先生の様に人を手助けできる素晴らしい人間になりたいです。先生方から教わったことを忘れず、うぬぼれず、いつも謙虚な姿勢で頑張っていきます。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
兼明がアメリカ留学へ出発して早いもので9ヶ月が過ぎ、無事に卒業の日を迎えることが出来ますことに、安堵いたしますとともに大変嬉しく思っております。アカデミアを卒業し、元気に出発して行ったとはいえ、初めての海外での生活や英語での授業など、生活面でも学習面でも大変なことも多かったのではないかと思っています。先生方には、大変お忙しい毎日の中でも、いつも兼明のことを気にかけて、お力添えいただけたことを有難く思っております。心からお礼申し上げます。多くの方々に支えていただいたお陰で、兼明もどうにか無事に乗り越えることが出来たのだと感謝の気持ちでいっぱいです。兼明からのメールでもアメリカでの楽しい生活の様子がしのばれ、親としてもこんな素晴らしい青春の時期を過ごさせることが出来た幸せを改めて感じております。
また、帰国後はアカデミアで尊敬する先生方と一緒に働かせていただくという機会を与えてくださることに、兼明はなんという幸せな子なのだろうと深く感謝しております。まだまだ未熟な兼明のことですので、自分自身が学ばなければいけないことの方が多いことでしょう。それでも兼明の将来を考えてくださった先生のお気持ちを無にしないように、気を引き締めて今まで以上に努力してくれることを私たちも願っております。今後とも兼明のことを宜しくご指導お願いいたします。



入学時 卒業時 米国高校卒業時
ゆうすけ
18
沖縄県出身


米オレゴン州公立高校編入
優秀生徒として卒業!
沖縄の一流ホテルに就職決定!

家庭的問題でずっと我慢をしていた自分

こんにちは。僕は沖縄県出身の福地裕介と申します。
僕は高校二年生の途中までは地元の高校に通い、部活動にも参加していて楽しい学校生活を送っていました。僕の父は昔から酒癖が悪く、普段は優しい人なのですがお酒を飲むと人が変わったように暴力的になり、暴言を吐いたり、時には暴力を振るう事もありました。僕が小さいころから父の酒癖が原因で両親は何度もけんかをして、その度に母は妹と僕を連れて親戚の家に逃げていました。しかし、父が母に謝り、また家に戻るという事が何度もありました。僕が高校に入学した頃から父の酒癖がひどくなり、僕が学校から帰ってくる頃にはもう酔っていて、機嫌が悪い状態でした。そのため母、妹、僕は父の暴力が怖く、父に刺激を与えないように怯えた生活を送っていました。そして父と母も口を利かなくなっていきました。日に日にひどくなっていく父の酒癖をどうすることも出来ず、学校から帰ると、ずっと自分の部屋に引きこもるようになっていました。そしてその頃からそんな家族関係に疑問をもった妹が両親に反発するようになり、母とけんかをしたり、夜遅くまで帰らなかったり、時には帰って来ない日もありました。母も何とかしようと努力はしましたが状況は悪くなる一方でした。そしてそんな毎日が続き母もどうしていいのか分からなくなり、僕が高校2年生になった頃に妹と僕を連れて家を出て、別居する事になりました。僕は父と妹が離れたことで状況が良くなると思っていましたが良くなるどころかさらに悪くなっていきました。その頃僕も進路の事で悩んでいましたが自分の将来が見えず、相談する相手もいなく、どうしたらいいのか分からなくなっていました。そして別居していても状況が良くならないのでまた家に戻る事になりました。しかしその頃には妹は両親ではどうすることも出来ない状態になっていました。そして僕もなんとかしたいという気持ちはあったのですが何をしていいのか分からず、家にいるのが苦痛になり、家から出たいという気持ちから高校を卒業したら本土の学校に逃げようと考えるようになっていました。そんな時、母の知り合いから廣谷先生を紹介して頂き、廣谷先生が妹と会って下さる事になりました。そして体験入学を勧められた妹は初めは嫌がっていましたが母の説得で体験入学に参加させて頂きました。そして体験入学から帰ってきた妹は以前とは別人のように両親に対しての反発がなくなっていて、それを見た僕はアカデミアという学校に興味をもつようになりました。その事を母に話すと母が廣谷先生と連絡を取ってくれ、廣谷先生がお忙しい中わざわざ僕の地元まで来て下さりました。その時僕は廣谷先生に対して大変失礼な態度をとってしまったのですが、先生は僕に一生懸命お話をして下さいました。先生の話を聞かせて頂いた後一人で考えてアカデミアでなら自分を変えられると思い、アカデミアに入学させて頂ける事になりました。アカデミアの先生方は今まで誰も教えてくれなかった社会で生きていく上で必要な感謝の気持ち、人間関係の築き方、思いやり、謙虚な姿勢を一から教えて下さいました。またアカデミアの生徒の皆さんは自立を目指し、自分と向き合って頑張っていました。そんな生徒さんたちを見て今まで自分がどれだけ甘えて生きてきたのかがよく分かりました。そして自分も頑張ろうと思えるようになりました。アカデミアにいた間に先生方にはたくさんの愛情を頂きました。風邪を引いた時には夜中まで看病して下さり、海に連れて行って下さったり、ご飯を食べに連れて行って下さったりと先生方の貴重な時間を使ってまで僕に色々な体験をさせて下さいました。本当に心から感謝しています。そして先生方、生徒の皆さん、両親の多大な努力と支えがあり、アメリカの高校へ留学という大きなチャンスを頂きました。そしてアメリカでも日本では絶対に体験できない貴重な事をたくさん体験させて頂きました。それも先生方が遠い日本から支えて下さっていたからです。先生方には本当に感謝の気持ちで一杯です。そしてたくさんの人たちに支えがあり、高校を無事首席で卒業する事が出来ました。本当に心から感謝しています。そしてこれからも先生方から教えて頂いた大切な事を忘れず、謙虚に生きていきたいとおもいます。そして先生方のように人の為に何か出来る人になりたいと思います。
僕と僕の家族の人生を大きく変えて下さり、救って下さった先生方に心から感謝致します。

父母からのメッセージ
裕介の出発の際には、先生方には最後までいろいろとお世話になりました。ヒヤヒヤしましたが、おかげさまで無事到着したとの電話もあり、ほっとしました。アカデミアへ入学してから半年間、本当にありがとうございました。感謝の気持ちをどう表現したらよいかわからないくらいです。心より感謝申し上げます。

卒業にあたって
大変お世話になりました。初めてお会いした時先生に対して大変失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした。でも先生は僕を責めずに最後まで優しい言葉で話して下さったこと本当に感謝しています。僕が体調をくずしたとき、夜中に病院に連れて行ってくださったり、何度も僕の様子を見に来てくださってありがとうございました。とても嬉しかったです。またお忙しい中僕たちを海に連れて行って下さったリ、大変貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。廣谷先生のおかげでアカデミアでの時間は一生忘れられない思い出になりました。
廣谷先生に出会って、僕の人生は大きく変わりました。廣谷先生は僕にとって人生の恩人で神様のような存在です。先生の学校でいろんなことを学ぶことができてとても幸せです。そして今回のアメリカ留学というとても大きなチャンスは、先生方の多大な努力の上にある、ということを忘れず、胸を張ってまた先生にお会いできるように努力していこうと思います。本当にありがとうございました



入学時 卒業時 米国高校卒業時
あきお
15
大阪府出身


米オレゴン州私立高校編入
成績優秀生徒として卒業!
米カリフォルニア州の大学へ進学

いじめが原因で不登校に

小学校の時からいじめにあい不登校でした。人間不信になり人に心を開けることがなかったけど環境を変えて沖縄に来ることによって、とてもリラックスした毎日を過ごしています。アカデミアではまたポジティブに、アクティブに生きることを学ばせてもらいました。以前は心を閉ざしたままでしたが、アカデミアに来て先生方や皆さんの明るい笑顔に触れ、楽しく充実した生活を送っているうちに、心を開くことが出来ました。僕はアカデミアにいるとき、よく自己中心的な考えについて注意されましたが、アカデミアに来る前まではそれが普通だと思っており、自分の取ってる行動が見えていませんでした。アカデミアに来て、それに気づかされました。もうちょっと遅ければ手遅れだったかな、と思います。今では、物事をやる前に自己中にならないよう、相手の立場になり、心を大きくしていくように心がけています。
先生方や皆さんにはとても感謝しています。みなさん、ありがとうございました。

卒業にあたって
今回、卒業するにあたりまして、あらためてお礼を申し上げます。ここに来てから、僕は人生の10年分ぐらいの事を経験しました。今までまったく知らなかった人付合いの事やマナー、また尊敬するという事、どれも生きていく上でとても大事なことですが、そんな基本的な事も知りませんでした。日本の教育に当てはまる事の出来なかった不登校児にアメリカ行きのハイクオリティーなチケットをわたすことが出来る廣谷先生をスゴイと尊敬します。アメリカへ行ってもここまで引き上げてもらった先生への気持ちを忘れず、努力したいと思います。今まで本当にありがとうございました。

アメリカ卒業にあたって
アカデミアの先生方、そしてアカデミアの皆さん、ありがとうございました。皆さんの支えがあり、卒業することができました。自信が無く、ただ何気なく大阪で過ごしていましたが、先生方や皆さんのお陰でとても大きなステップを踏むことができました。先生方、皆さんにはとても感謝しています。本当にありがとうございました。
廣谷先生
このたび、卒業に当たりまして、廣谷先生、先生方、そしてアカデミアの皆さんに心から心から感謝したいと思います。先生や皆さんの支えがあってこそ成し遂げられたものだと実感させられました。大阪にいた頃は行き道も知らず、ただ適当に歩いていた人生でしたが、先生の手により人生の目標が出来たと思いました。ある時は自己中心的な考えで、先生方や皆さんに迷惑をかけてしまうことがありましたことをお詫びしたいと思います。アメリカという地にいても、皆さんの助けがあったということに心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。
慎一さん
大切なご指導、ありがとうございました。マナーや人間性についての教育は、将来にとってとても大事だということを学ばせていただきました。また、人を尊敬することや感謝の気持ちを持つことなど、とてもベーシックなことについても教えていただき、今思うと、もしこのことを知らずに社会に出ていたら間違いなくはじき出されてたことは見えていたと思いました。ある時は自己中心的な考え方で迷惑をかけてしまうこともありましたことをお詫び申し上げます。アメリカにいた三年間は、皆さんの支えにより最後まで走りぬくことが出来たことに感謝します。本当にありがとうございました。
千葉さん
今回、卒業に当たりまして、四年前の千葉さんの授業がとても懐かしく思えます。千葉さんのとてもアクティブな授業は、学校の英語の先生と違ったものがあって、とても楽しく充実したものでした。千葉さんの大きな笑顔と、皆さんの支えがあってこそ、ここまで来れたものだと思いました。どうもありがとうございました。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
先日、昭夫がポートランド・アドヴェンティスト・アカデミーを卒業いたしました。これもひとえに、アカデミアの廣谷学長始め諸先生方の土台となる教育が役立ってのことであったと、痛感しております。私たち夫婦ともに卒業式に出席させていただきましたが、大変自由な雰囲気の中喜びにあふれた卒業式でした。
9月からカリフォルニアのカレッジに入学予定です。本来ならば昭夫自ら沖縄を訪問し、高校生活についてご報告させていただくべきところですが、いま大学の学費を得るためアルバイトをしているところで、誠に勝手ながら沖縄訪問ができない状態です。ご寛容くださいますようお願いいたします。
今後とも、彼には紆余曲折があるかと思いますが、自分に合った道を進んでいくことと思います。3年間の留学生活が、彼なりに過ごせたことを感謝して、報告・お礼とさせていただきます。ありがとうございました。




入学時 卒業時 米国高校卒業時
まさ
15
沖縄県出身


米オレゴン州私立高校編入・卒業!
沖縄県内のホテルに就職決定!

先輩との衝突が非行へと発展し不登校に

僕は学校に行かず、仕事を探していましたが15歳ではどこも雇ってもらえずこれからどうしようかと毎日悩んでいました。アカデミアに来て自分の未来にいままでとは違う希望が持てました。ぼくは廣谷先生のように世界を周り、たくさんの人に出会いたいと思います。じっと悩んでいないでここ沖縄にきてみて下さい。

卒業にあたって
今まで本当にお世話になりありがとうございました。先生からいただいた今の自分、家族、学ばせていただいたこと、親以上の愛情はとても大切な宝物です。アカデミアでの生活は本当に充実した楽しい毎日でした。本当に心が広く温かい先生には言い表せないほど感謝し尊敬しています。

アメリカ卒業にあたって
アカデミアの先生方、皆様の支えがありアメリカの学校を卒業する事ができました。
僕がこの先どうやって生きていくのか全然わからなくて、自分勝手に遊んでばかりでどうしようもない状態の時にアカデミアの先生方、みんなに救って頂いて、生きていく上で大切な事、人生を生きるという事を教えて頂きました。アメリカという地まで来させて頂き卒業することもできました。アカデミアの方々にお会いする前には夢にも思わなかった事でした。僕の人生に奇跡が起きたと思うほどすごい事だと思います。この奇跡を起こして頂いた、アカデミアの先生方、皆様に言葉では言い表せないほど心から感謝いたします。どうも、ありがとうございました。

廣谷先生
皆様の支えのおかげで、アメリカの学校を卒業する事ができました。どうも、ありがとうございました。
先生と初めてお会いした時から裏切る行動ばかりで、先生を傷つけてばかりでした。すみませんでした。先生はどうしようもない状態の僕を一生懸命に救い出して頂いて、感謝のきもち、相手の気持ちを考える事など生きていく上で大切な事を教えて頂いて、家族、今の僕のすべてをくださいました。アメリカという地に来させて頂き、すばらしい時間をすごすことができました。本当に言葉ではいい表せないほど感謝いたします。どうも、ありがとうございました。

慎一さん
アカデミアに初めて行かせて頂いた時の夜、慎一さんに作っていただいたおしるこをいただいて、ずっと溜まっていた緊張感や不安が消えて、ほっとしたのを思い出します。あの時はおいしいおしるこありがとうございました。生きてく上で大切な事を教えていただき、いつも良いアドバイスを頂きました。アメリカでもたまにお電話でお話をさせて頂くたびに大きく励ましていただきました。慎一さんなしではここまでこれたとは思いません。心から感謝いたします。どうも、ありがとうございました。

千葉さん
千葉さんにはいつもどんな時も明るい笑顔、また良いアドバイスをたくさん頂きました。勉強や、何に対しても絶体にあきらめなければできる、という大切な事を教えて頂きました。おかげさまで、なんとか勉強にもついていく事が出来たと思います。アメリカに来てからもずっと応援していただき、大きな支えとなっていました。心から感謝いたします。どうも、ありがとうございました。


入学時 卒業時
たかひろ
18
神奈川県出身

米オレゴン州私立高校編入
成績優秀生徒として卒業!

大学での奨学金を獲得!
米国内大学へ進学

運動会で転んだことが不登校のきっかけに

僕は中1の体育祭で転んでしまい、それが原因でいじめがエスカレートした事と、卒業式で皆が僕の席を用意するのを忘れた事がショックで不登校になりました。不登校の間は、物事からどうやって逃げようかと考えていたのですが、こちらに来てからは立ち向かう事の大切さを知りました。これを見ている皆さんも沖縄という新しい環境で本当の自分というものを見つけて下さい。

卒業にあたって
今まで本当にありがとうございました。あのときの出会いがなければ、今こうして沖縄で楽しく生活している自分はいませんでした。本当に、言葉では表せないほど感謝しています。アメリカに行ってもアカデミアの名に恥じぬよう頑張っていきます。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
この度、バンクーバーの教会で行われましたポートランドクリスチャンスクールの卒業式に出席し、とても感激いたしました。と共に、嵩大が2年間がんばる事が出来、このお式を迎えられたのは、ご指導下さいました廣谷先生はじめアカデミアの皆様、ポートランドで接して下さいました皆様のお陰と感謝いたします。そして、今回ポートランドに滞在いたしました一週間は、ホストファミリー、カリルさんご夫妻、学校の先生方、お友達にはとても暖かい心で接していただき、またカリルさんご夫妻には、ホームパーティー、ローズガーデンのご案内、昼食会と手厚いおもてなしをいただき、楽しく過ごさせていただきましたことも、アカデミアあってのこととご報告させていただきます。そしてすべての事にお礼申し上げます。アカデミアの皆様のご健勝をお祈り致します。



沖縄のフリースクール「アカデミア」は不登校、登校拒否、ひきこもりなどの問題を持つ生徒が、そこから起き上がる力、心の教育、生き方、ライフスキルを、日々の生活を通し習うスクールです。沖縄県内だけではなく、
東京都 神奈川県 埼玉県 千葉県 など関東を中心に 大阪府 愛知県 名古屋市 などの関西 北海道 仙台市 などの東北 福岡 熊本 鹿児島 広島 兵庫 高知 徳島 などの九州 中国 四国からの生徒も受け入れております。

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