‐生徒の体験談・結果‐

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入学時 卒業時
あさみ
14歳
奈良県出身

奈良県の高校へ進学!

辛かったイジメの毎日

私は奈良県出身14歳、中学2年生の東麻美と申します。私は小6の1学期が始まってすぐの頃にイジメを受け始めました。その頃は私が話しかけても無視をされたり、指を差されてヒソヒソと話をされたりしました。イジメられながらも、何とか学校に通っていたのですが、中学校にあがるとイジメがエスカレートしていきました。無視やヒソヒソ話だけでなく、自分が座る椅子を隠されたり、勉強の邪魔をしてきたり、椅子にチョークをつけられたりしました。その頃から学校に行ったり行かなかったりする様になりました。苦しかったけど、ずっと一人で堪えていました。
しかしある日、決定的な事件が起こりました。体育が終わって着替えるのに必要なものを取りに教室に入ろうとしたのですが、教室の鍵が誰かによって閉められていたので、教室のドアを叩いて「開けて」と言いました。すると中から男子が一人出て来て「わぁ、キモッ」と言ってまたドアを閉めてしまいました。中から男子4・5人が「わぁ、キモッ、開けんなよ」と言う声が聞こえてきました。友達に「先生呼んできて」と言うとカチッと言う音とともにドアが開きました。憤慨した私は「脳内年齢が幼稚園児以下や」と大声で言ってしまいました。そばで聞いていた男子の中からひとりの子が私を見て「死ね!」と言っているのが聞こえたので、そのままカバンを持って教室から出ました。その日以来、教室には入ることができなくなり、もう学校には行きたくないと不登校になりました。多分、毎日起きるいやがらせからストレスが溜まっていたのと、もう堪えられないし、我慢の限界にいたのだと思います。
私は本を読む事が好きなので、家で本を読んだり、いろいろな事を考えていて一日を過ごしていました。そんな時に母がインターネットで沖縄のアカデミアを見つけてくれ、このままではいけないと思っていた事もあり、体験入学に行く事に決めました。アカデミアでは、私の様に辛い想いをしていた生徒の皆さんが、とても明るく、楽しく自立に向けて生活していました。それを見て、私もこうなりたいと思い、親から離れて寂しい気持ちもありましたが、自分をリセットし、がんばろうと思い入校を決めました。今は自分と向き合い、大切な事を日々沢山学ばさせて頂いています。安心できる環境の中で、小学校からイジメられて来た事も乗り越えて、ゆくゆくは先輩達の様に海外の高校に進学したいと思っています。ありがとうございました。

卒業にあたって
 廣谷先生 いつも厳しくご指導下さり本当にありがとうございました。最初の私はおしゃべりで品がなく、性格も悪くて大変ご迷惑をおかけいたしました。そんな私に、このままではだめだということを気付かせてくれ、そして自分と向き合うよい機会を与えてくださり本当にありがとうございました。今の私がいるのも廣谷先生のお陰だと深く感謝しております。
 また、素敵なクリスマスパーティー、そして夏の海で廣谷先生が教えて下さったシュノーケリング、どれも奈良県で引きこもっていた私にはできなかった貴重な体験です。こんな風に毎日笑って楽しく過ごすことができるのも廣谷先生のお陰です。ありがとうございました。 冬、寒いと廣谷先生が作って下さったお汁粉を思い出します。とても美味しくて、頂くと心までぽかぽかしてきました。
 廣谷先生には、色々な国々のお話をして頂いたり、その国々であった楽しいことやおもしろいことなども話して頂きました。行ったこともないような国のお話は何でもおもしろくて、どんなところなんだろうとよく思いをめぐらせたりしました。また、社会でのルールを沢山教えて頂いて、気付かせて頂きました。ありがとうございました。
 廣谷先生が示して下さったカナダには行くことができませんでしたが、教えて頂いた社会での生き方を忘れず、これからは自分の足で一歩一歩歩いていきたいと思っております。私が大阪の高校に入学することができたのも、先生方のお陰です。感謝をしてもしきれないくらいです。ほんとうにありがとうございました。
 今までは、廣谷先生や先生方のように私が間違えていても注意して正しい道に連れ戻してくれる人がいませんでした。そうやって私は引きこもってしまいました。しかし、アカデミアで私のことを思って注意して下さる先生方にお会いすることができ、本当の愛情に気付かせて頂きました。だからこそ、新しいスタートでは道を間違えないように原点に戻り、私を注意してくれる人はいないことを肝に銘じて頑張っていきたいと思っております。
 アカデミアで沢山の素敵な思い出を作っていただいて、本当にありがとうございました。
 廣谷先生のご健康とご多幸を心よりお祈りしております。


入学時 卒業時
まり
16歳
岡山県出身

高卒認定試験合格!
カナダの提携高校へ編入!
学年で成績最優秀賞受賞!
寮での生活態度優秀賞を受賞!
上智大学に合格!

目標の見えない勉強が嫌になり

私は、小学生の時に受験をして、中高一貫の進学校に入学しました。
中学受験をすることは親に流されるままに決められていたのですが、その学校を選んだ理由は、兄が通っていたからというだけで、もともと競争する事が余り好きでない私は有名な大学に進学したいなどとはあまり考えていませんでした。周りが良い高校に進むので、それしか意識しておらず、勉強は頑張っていました。
しかし、小学五年生の時に数人の女子から無視されたことがきっかけで、その時のショックが大きく、嫌われたくないと言う気持ちから人の顔色をうかがう癖がついていたので、自分を心を殺し、本音を言えず変な気をつかう友達関係も面倒になっていきました。勉強が嫌だった訳ではないですが、目標が見えなかった私は、学校で一生懸命勉強をして良い成績を取り、その事だけの為に頑張っている事に意義を見つける事ができなくなり、だんだん学校を休みがちになり、不登校になりました。家にいても両親とあまりうまくいっていなかったため、家にいるのも嫌で、家出を繰り返していました。先が見えず、自分自身でもどうして良いか分らず、でも何とかしたい、このままではいけないと思っており、毎日出口のない壁に突きあたり、悩み、悶々としていました。
そんな時に父から沖縄のアカデミアがある事を知らされ、ホームページを見て、自分と同じ様な悩みを持った生徒の皆さん達の体験談を読み、笑顔を見て、ここに行ってみたいと思い、父に連れられてアカデミアに体験入学に来させていただきました。体験入学では、廣谷先生を始めとする先生方、生徒の皆さんが温かく迎えて下さり、真剣にお話をして頂いたことから、「私には、ここしかない。」と直感的に感じ、体験入学から家には帰らず、そのまま持ってきたバックひとつでここ沖縄で新しい生活を始めました。
アカデミアでは、進学校では絶対に教えてもらえない大切な事を毎日教えていただき、少しずつ自分と向き合うように心がけ、自立を目指し充実した毎日を送らさせて頂いています。英語も勉強し、今年は海外の高校に編入し、また新しい所で自分の選んだ人生にチャレンジをして行きたいと思っています。今ではよく笑い、とても幸せな気持ちです。

卒業にあたって
 沖縄に来るまでは、生きるのも死ぬのもこわくて何もできなかった私が、たくさんの方々に支えられて、留学という夢のようなチャンスをいただけるなんて思ってもいませんでした。
 廣谷先生とはじめてお会いした時、とても暖かく迎えて下さり、お話していても「この先生はどうしてこんなに私の考えていることがわかるんだろう」と驚きました。学校に行かなくなってから、自分の将来が不安で不安で、現実から逃げようとしていた私に、先生は初めて真剣に進路や将来の事を話して下さった方でした。このままでは就職もできない、と絶望に近い思いだった私に、先生のしてくださったお話は、砂漠で与えられた水のようでした。楽しいお話もたくさんしてくださり、笑うことを忘れていた私も、気付くと自然に笑えていました。
 体験入学の最初の日、廣谷先生にしていただいた「北朝鮮の人はスーツケースをもって逃げたりしない」というお話で、私は本入学の決意をすることができました。正直に言うと、初めは岡山に帰るつもりだったのですが、あの日岡山に帰っていたら、沖縄には来ることができなかったかもしれません。あのお話は、あの日から今日まで一度も忘れた事はありません。あの日が私の原点になりました。プライドが高く泣き虫の私がここにいられるのは、先生のおかげです。そして、体験入学のままで服がなかった私に、先生はすぐにお洋服を買ってきてくださり、とてもうれしかったです。本当にありがたいと思います。
 寒い日に先生がお部屋に呼んでくださって、美味しいお鍋をいただいたことや、夏にシュノーケリングに連れて行っていただいたことなども忘れられないです。親にもどうにもできなかった私に、一から色々な事を教えていただき、大きな愛情をいただき、幸せな思い出がたくさんできました。
 進路相談の日に「岡山に帰りたい」と、考えられない裏切りをしてしまい、しかも自分の口からではなく、親にそのことを言ってもらったこと、本当に申し訳なく、言葉も見つかりません。先生方のお気持ちをふみにじってしまった事、今さらですが本当に後悔しています。申し訳ありませんでした。
 そんな私にも、このようなチャンスをいただき、今度こそ絶対に自分のベストをつくして、やりきろうと思います。
 父の事でも、先生には本当にお心遣いをいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
 カナダへ行かせていただいても、この気持ちと自分の原点を忘れず、精一杯努力します。本当にありがとうございました。
 先生のご健康とご多幸を心からお祈りしています。


父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
新しい年が始まって、はや一ヶ月が過ぎようとしています。廣谷先生には、お変わりなくお過ごしのこととお喜び申し上げます。
沖縄ではもう桜が咲いているというニュースを見て、大変驚きました。こちらでは冬本番、厳しい寒さが続いています。
この度は、廣谷先生のお力添えにより無事カナダ大使館からの許可をいただくことができました。家族一同、静かに喜びをかみしめております。あの暗闇の中にいた娘を光のさす方へ導いてくださったこと、心より御礼申し上げます。
他人も自分も信じることができず、何度も死のうとしていた麻梨から、周りの方々への感謝の言葉が聞けるようになるとは思ってもいませんでした。また、面談の時に先生にかけていただいた「笑顔の魔法」で、麻梨だけでなく、主人も私も元気と勇気をいただくことができました。美鈴にもあたたかいお手紙をいただきまして、本当にありがとうございました。
本来ならば、沖縄へ参りまして直接御礼を申し上げなければならないところですが、何分にも不慣れな渡航準備に右往左往しておりまして、お手紙にて失礼させていただきます。申し訳ございません。
遠く岡山より、ご健康とご多幸をお祈りいたしております。



入学時 卒業時
かつひこ
17歳
島根県出身

高卒認定試験合格!

理不尽なイジメに耐えられず

 初めまして。僕は島根県松江出身、光田一尋です。
 僕は、中学の時に理不尽な暴力やイジメなどに遭いました。初めは軽い嫌がらせだったのですが、だんだんエスカレートしていきました。毎日の様に起きる集団暴力、恐喝、嫌がらせが二年半もの間続きました。最初の一年間は自分でもそこまで気にしていなかったのですが、二年生になってから先輩や同級生からの嫌がらせが極端になっていきました。金銭要求は日常のことで、先生にも親にも言うことが出来ず、一人で悩んでいました。誰かに相談すると大ごとになるのが分かっていたからです。親を悲しませたくない気持ちもあり、無理に学校に通い恐怖の日々を耐えていました。しかし三年生になっても状況は変わらず、もう中学校に行きたくないと思い、僕は中学校に行かなくなりました。
 高校にもあまり行きたくなかったのですが、親に行けといわれたので、仕方なく高校に入学しました。最初はがんばって行っていたのですが、徐々にイヤになってきて、よく遅刻したり、授業中もほとんど寝ていたりと、まったくやる気のない学校生活を送っていました。一年生の後半になると、一応学校には行っていましたが、朝も友達と遊んだりしてルーズになっていました。
 そんなどうしようもない状況の時に母からアカデミアのことを聞きました。最初は全く興味がなく行くつもりもなかったのですが、母親がどうしても行けと言ったので、後日体験入学に行きました。そこで僕はアカデミアの人たちの温かさに触れて、僕はここでしかやっていけないと思い、島根を出る決意をしました。今思うと、中学校時代はいつも不安で、楽しい思いは全くありませんでした。勉強をする余裕もなかったです。
 アカデミアに来てから、ようやく安心して生活できるようになりました。僕は先生方に自分の欠点や直さないといけない所をたくさん教えていただきました。親も気付かなかった所をまっすぐに教えていただいてとても感謝しています。これから僕は先生方に教えて頂いたことをよく理解して、毎日をきちんと生活していこうと思っています。



入学時 卒業時 カナダ高校卒業時
せいたろう
13歳
宮城県出身

カナダの提携校に進学決定!
高校卒業決定!
米カリフォルニアの大学へ進学!

学校に幻滅して不登校に

 僕は、中学一年生のときに、ずっと親に認められたくて、勉強ばかりしていました。しかし目の前でいじめが起きているのを見てみぬふりをする先生や、授業中にメールをしている同級生を見るうちにだんだん嫌気がさしてきて、さらにいじめが起きていることを報告したら、目を付けられ、嫌がらせを受けました。それから学校に行くのが面倒くさくなり、不登校になりました。
 始めのうちは違う学校に転校すればまた通えるようになるだろうと思っていたのですが、一ヶ月、二ヶ月と経っていくうちにもう学校そのものに行く気が無くなり、完全に引きこもりました。そのうち、学校に行っていない、勉強をしていない、人生が終わる、というプレッシャーにおそわれ、母親に八つ当たりしたり、父親を恨んだり、壁に頭を打ち付けたりしていました。僕が不登校になり、一日中ゲームをしてなまけているのを見て、弟も不登校になってしまい、それからはずっと家で弟とゲームをして過ごすようになり、もう全部どうでもよくなっていました。
 そんなときに、母がパソコンでアカデミアを探してくれ、体験入学をさせていただきました。体験入学では、先生方や先輩たちが温かく迎えてくださり、ぼくという存在をみんなが認めて下さいました。あっという間に三日間が過ぎ、僕はここにしか自分の居場所はないと思い、後日本入学させていただきました。
 ここでは、勉強だけでなく、感謝、尊敬、思いやりの心や、礼儀、マナー、さらに家事なども学ばせて頂いています。自分と真剣に向き合い、真正面から向かってきて下さる先生方や先輩方のお気持ちに応えるために、感謝と正直な心を忘れず、他人に配慮のできるような人間になりたいです。

卒業にあたって
廣谷先生、こんな僕をこちらにおいて下さり、ぼろぼろの状態で体験入学に来た僕をここまで引き上げていただきました。体験入学の時、廣谷先生が笑ってお話して下さった時、初めて心からお話して下さる人に出会うことが出来て安心し、とてもうれしかったです。
僕の生意気さや図々しい行動、言動をすべて優しさと笑顔で包んで下さり、家にも居場所が無かった僕に初めて心の居場所を作って下さいました。入学してからも迷惑をかけ続けてしまいましたが、お食事に呼んでいただいたり、海に夕日を見につれていっていただいたり、沢山かわいがっていただき、いつも優しくいろいろなお話をしていただきました。何度ご指導していただいても全然覚えない僕に毎晩かみくだいて何回も説明して下さり、ご迷惑をおかけしてしまっても許してくださいました。何度も海につれていっていただき、いろいろな遊びを教えて下さりました。二年前の騎馬戦は今でも忘れられない楽しい思い出です。
さまざまな音楽を教えていただき、不登校の時からは考えれないような、いろいろな国の音楽を知る事が出来ました。スペイン語やフランス語の音楽を教えていただき、廣谷先生に作っていただいた歌詞カードを見て、下手ながら歌う事が出来た時は本当に嬉しかったです。僕がセルビアの人の曲を聞いて感動した時にはわざわざUSBケーブルを買い、夜中の一時までかかって僕のiPODに曲を入れて下さいました。僕の一生の宝物です。
昨年の二月には母と弟まで呼んで下さり、母に優しいお言葉をかけていただき、弟にまで大切なお話をして、かわいがって下さいました。母にCDまで作っていただき本当にありがとうございます。弟が学校に行けるようになり、小学校を卒業することが出来たのも、廣谷先生を始めとした先生方の優しさがあったからです。
一度仮退学という処分になりながらも、僕にこのような機会を与えていただき、本当にありがとうございます。一日におにぎり一つとお菓子しか食べられず、昼夜逆転して、アトピーだらけで見も心もすべてボロボロだった僕にこれほどまで寄り添って下さり、ここまで引き上げていただいて、本当に申し訳ない限りです。廣谷先生にいただいたお洋服やスーツケース、バッグ、サンダル、スピーカー、一生大切に使わせていただきます。
アカデミアを卒業するのは本当にさびしいですが、廣谷先生を始めとした先生方のお気持ちに応える事が出来るよう、全力で頑張ってまいります。こんな僕のことを二年半も見て下さり、親でもしない事をここまでして下さり、本当にありがとうございました。お身体には十分お気をつけてお過ごし下さい。本当にありがとうございました。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
拝啓 この度は、二年半もの間、大変なお世話を頂き、またアカデミアを卒業させて頂きまして、本当にありがとうございました。
大変な御迷惑、御心労をおかけ致していたにもかかわらず、先生直々にはなむけのお言葉をかけて頂いたとききました。大変有難いことと心から感謝致しております。
又、弟にも綺麗な琉球グラスと素敵なカードをご用意下さり、本当に感謝致しております。智基は涙ぐんで、感激致しておりました。元気が出た様子です。ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。
二年半ぶりに、父と母と弟がおります家に戻って参りました誠太郎は、アカデミアで先生に教えて頂いた事を一生懸命守ろうとし、家族の中で、世間の中で、役に立つ人間になろうと一生懸命気を遣っているのがよくわかりました。以前からは考えられない姿で、皆涙の出る思いでございます。何もかも全て先生方のお陰です。
アカデミアで二年半もの間、大変な、大変なご迷惑をおかけしながらも、本物の深い愛情と、揺るぎない御指導を賜りました。廣谷先生、藤田先生、千葉先生、玉城先生のお側でいさせて頂いたからこそ、本人が自分自身と向き合う重要性に気づくことができ、今ここまで自分を省みることができるようになったのだと、ただただ深く感謝することしかできません。親が至らずこじれてしまったものを、ここまで向き合い、寄り添い、ほぐし、整理してくださいました。何と御礼と感謝の言葉を申し上げればよいかわかりません。
大変な状態でお引き受け頂きましたのに、決して諦めず、お見捨てなく、繰り返し、親身に御指導頂きました。とてつもない御心労と御迷惑のおかけ通しであったにもかかわらず、弟のことまで気にかけて下さり、母子を沖縄によんでお世話下さいました。弟の気持ちにも寄り添って下さったことにより、弟は生きていく力を頂き、兄との関係も整理できました。
混乱状態だった、親としての私共にも寄り添って頂き、本当に大切なものを気づかせて下さり、指針を与えて下さいました。先生は私共の命の恩人です。私共にとてつもない心の財産を下さいました。どれだけ感謝しても感謝しきれません。
今、カナダ留学という大きな目標を頂きまして、それにむかっての準備ができますことは、夢のようでございます。書類作成、推薦文、ありとあらゆることがらに御尽力下さいまして、もったいないこととほんとうにありがたく、感謝しております。これからがスタートである、という先生のお言葉をしっかりと胸に、地に足をつけて謙虚に学んでいけますよう、改めて気を引き締め、身を正す思いです。先生の御恩に報いる生き方が少しでもできますよう、必死で見守っていきたいと思っています。本当に長い間お世話になりまして、ありがとうございました。先生に頂いた御恩は一生忘れません。
これからも、お忙しい日々が続くかと思いますが、先生ご自身のお身体をどうぞ大切にお過ごし下さいませ。



入学時 卒業時
ゆうり
12歳
北海道出身

地元中学校に復学!
道立高校に合格!

田舎町で陰湿ないじめに遭う

僕は、北海道出身十二歳、有馬悠理といいます。
僕の住んでいた所はすごい田舎町でした。小学校も中学校も皆一緒でしたが、僕の通っていた学校ではいじめがあり、何人も標的になっていました。僕も標的の一人でした。他のいじめられた人達は、いじめられたくないため、小学校五年生になる頃には、ほぼ全員がいじめる方になりました。学校に行くと毎日いじめられていました。悪口や無視、暴力、仲間はずれ、冬には雪だまをぶつけられたり、雪に埋められたりしました。
中学校に入ってからは、いじめ方がより陰湿になってきました。複数の生徒によるいやがらせを毎日の様にうけました。何度も学校に訴えましたが、いじめはいっこうによくならず、小学校から中学校ととても辛いつらい学校生活でした。だんだんエスカレートしていくいじめに、もうたえられなくなり、そのことを家族と話し合って、学校に行かないことにしました。学校に行かない間は父に言われて空手の練習をしたり、テレビの英会話番組をみていました。
そして父がインターネットで色々な学校を調べてくれました。そしてアカデミアを見つけてくれました。偶然にも父が以前、知的障害者の為の学園をやっていた時の生徒が校長先生の姪っ子さんで、また父が前に札幌のアカデミアの生徒でもあった事から、親子でおどろいて、早速父と一緒に沖縄へ向かいました。アカデミアに入学してからはいろいろなところに連れて行ってもらったり、いろいろな物を食べさせていただいたり、本当に良くしていただいています。
アカデミアに入学してよかったと思います。

卒業にあたって
慎一先生アカデミアに入学させていただいてから1年4ヶ月が経ちました。初めてお会いした日から本日まで本当にお世話になりました。本当にありがとうございました。アカデミアに来させていただいた時、不安と緊張で一杯だった僕にやさしくお声をかけてくださり、生まれて初めて本当の愛で僕を最後まで支えてくださりありがとうございました。慎一さんにはお洋服をいただいたり、2度のクリスマスやお正月、おいしいお料理を沢山つくってくださったり、ウォーキングに連れて行ってくださったり、本当にお世話になりました。僕がウォーキングをのろのろと歩き時間に遅れてしまったとき入浴剤の入ったお風呂を用意してくださって、お風呂上りにはおリンゴとほうじ茶をいれて頂き、とてもうれしかったです。本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。アカデミアでは数々のご無礼や失礼をしてしまい、ただの足でまといにしかならず、この度このような形で出て行くことになりましたが、慎一さんのお言葉を毎日忘れずに正しく生きていこうと思っております。本当に1年4ヶ月間ありがとうございました。御身体にお気をつけてお過ごしくださいませ。


入学時 卒業時
るい
14歳
東京都出身


兄妹で不登校に

僕が小学生の時に両親が離婚してしまい、フリースクールが近くにある小田原に母が先に引越しをして、僕と妹は父の元に居ました。そこから母が居る小田原まで学校に行きながら毎週末にフリースクールまで約半年間通いました。その後僕が小学校を卒業して、母の元に妹と一緒に行くことになりました。そして、小田原の中学校に入学、妹は小学校に転校しました。しかし、妹は一ヶ月で不登校になり、そして僕自身も中学一年生の一学期で不登校になりました。それから二人共、約六ヶ月あまり外にも出ずひきこもり状態が続きました。そんな状況では、どうしようもなく、母が実家のある東京に帰ろうと言い出しました。僕も妹も賛成したので東京に戻りました。ですが東京でも、二人共また不登校になりました。そして前と同じようにだらだらとした生活をして、どうにかなるという安易な気持ちで毎日を過ごしていました。そんな状態をみかねた父が僕たちに四ヶ月間勉強を教えてくれました。しかし、僕と父が勉強のことでケンカをしてしまい、また東京に戻ってきてしまいました。
そんな中、母がインターネットでアカデミアを見つけてくれて、石垣島でダイビングをした帰りに妹と一緒に体験入学をしました。はじめは、兄妹でダイビングのライセンスを取ると言う事でしたが、石垣から本島に来た時、廣谷先生と藤田先生が僕と妹のためにホテルに訪ねてきて下さり、最初は驚いて逃げましたが、なにか先生達の言葉は、今まで会った先生や大人の人と違っていて、自分の事を真剣に想ってくれている優しい心に響くお言葉でした。最初は不安だらけで、ここでまた不登校になるのではないか、妹もまだ小6なので、不安でしたが、先生達や生徒の皆さんのおかげで、今では兄妹二人、自立のために、安心して寮で生活をし、登校しています。他の生徒の皆さんと住む事で、ここに来る前の自分は本当にわがままで、なんとかなるだろうなどと、うぬぼれていたのだと実感しました。今振り返るとほんとうにこわいです。
自分の感情の思うままに、母のちょっとした間違いを細かく責めたり、いろいろなことで母を困らせていました。今ではほんとうに反省をしています。そして、アカデミアに来て、先生や生徒さん方が人に会うのが苦手だった僕や妹を心から温かく迎え入れてくれたことがほんとに嬉しかったです。
これからは自分にしてもらったことに対して感謝をして、周りの人に迷惑をかけないように、親孝行が出来る人になりたいです。そして、沖縄でいっしょうけんめい自分と向き合い、英語を勉強して、将来妹といっしょに海外の学校で勉強をしてみたいです。



入学時 卒業時
りゅういち
17歳
大阪都出身

高卒認定合格!
地元の就労・進学準備のため卒業!


がんばったけど疲れて不登校に

僕が不登校になったのは中学2年生の時です。僕が小学校高学年の時、姉が荒れてそれが原因で両親が離婚しました。両親は姉の事に必死であまり僕の事をかまってくれませんでした。僕が良い子にしていたら見てくれると思い、勉強して運動して学校ではいつも明るくしていました。
中学校に入ってからは、部活が終わったらすぐ塾に行って11時くらいに帰ってくる生活を送っていました。中学2年生の2学期くらいになると、受験に向けて更にきつくなっていきました。そしてそんな生活がいやになって冬休みから部活にも塾にも行かなくなり、3学期から学校にも行かなくなり、まったく外に出なくなり何もする気が起こらず無気力になりました。3年生になってからは行ったり行かなかったりの生活で、なんとか高校には入学したのですが高校には友達も誰もいないのでまったく行く気がしなくなり、また学校に行かなくなりました。当然単位が足りなくなり、僕はその学校を辞めました。それからは将来に何の希望も持てなくなり、何もしたくなくなり、食事も食べられず、家族との会話もどんどん少なくなっていきました。そして好きな事だけやって生きるのがつらくなったら死のうと思い、病院で貰った薬を溜めたりするようになりました。
そして好きな時に起きて遊んで好きな時に寝るような乱れた生活を送っていた時に、母がアカデミアの事を話してくれました。沖縄で海の側ということで半分旅行気分で体験入学に来たのですが、廣谷先生にお会いしてお話しさせてもらった時、この人なら信じられるんじゃないかと思い、大阪にはもどらないでそのまま沖縄に残り、入学させて頂きました。入学当初はいっぱい海に行けて高卒認定に合格できたらいいなあぐらいにしか考えていませんでした。しかし生徒の事を真剣に考えて下さり叱ったり褒めたりして下さる先生方の事を考えた時、僕もそれに応えないといけないなと思い、先生方の教えて下さる事をしっかり受け止める事を第一に考えながらここで生活しています。今はとても元気な毎日を過ごしています。


卒業にあたって
廣谷先生へ
一年半本当にお世話になりました。毎日ご迷惑のかけどおしで本当に申し訳ございませんでした。その度に先生のお気持ちを裏切ってしまい本当に申し訳ございませんでした。これからはせめて人を嫌な気持ちにさせないように生きていきたいと思います。
来たばかりの頃から今まで本当にお世話になりどおしで、体験入学の時には車の中でおもしろいお話をして下さり、トニーローマでスペアリブをご馳走になり、本入学した時には空港まで迎えに来て下さり、僕が言ってはいけない言葉を言ってしまった時も受け止めてくださり、その後病気になった時にも毎日看病して下さり、おかゆまで作って下さり、その後もウォークマンを下さり、服の心配やきちんと食べているのかを心配して下さり、素敵なお洋服を下さり、おいしい料理を作って下さり、僕が失礼な事をした時もお話して下さり、学校ではおもしろいお話や真剣なお話を分かるようにお話して下さり、本当にありがとうございました。
アカデミアでの貴重な思い出を大事にして生きていきたいと思います。一年半本当にありがとうございました。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
廣谷先生
昨日、龍一が我が家に元気に帰って参りました。約一年ぶりの再会となりました。帰ってきてからの龍一の生活の有り様に、家族一同驚きの余り目を見張っております。
自分の事は自分で能動的に動く、家族や遊びに来ていた友達にも手早く料理を作ってくれ、沖縄で廣谷先生に色々ご馳走になったことなどを話してくれました。また、早速アルバイト探しを始め、間髪入れずに!動く!という教えを胸に刻み生き生きとしています。たった一日龍一の様子を見ただけで、かけがえのない体験をさせて頂いたのだなと深く感動致しました。
全く自発的に動く事が出来なくなっていた龍一が、ここまで元気に、そして生き生きとしている姿を目の前にして、先生の毎日の御指導、教えのお陰だと本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
今後は大学受験を目標にアルバイトと学業を両立させていかなければなりませんが、アカデミアで培った、生きていく為に必要な基本的な力があれば、きっと乗り越えていける事を信じております。
粘り強く支えて頂き、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
廣谷先生もご自愛の程、今後も益々のご活躍をお祈り申し上げます。



沖縄のフリースクール「アカデミア」は不登校、登校拒否、ひきこもりなどの問題を持つ生徒が、そこから起き上がる力、心の教育、生き方、ライフスキルを、日々の生活を通し習うスクールです。沖縄県内だけではなく、
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