‐生徒の体験談・結果‐

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入学時 卒業時
しょうこ
21歳
愛媛県出身

カナダの提携校に就学決定!
カナダで就労!
帰国後東京で就労!


心身ともに疲れ果て、何も感じられない日々

私は愛媛県から来ました、日野祥子といいます。年は21歳です。
最初に不登校になったのは小学校2年生の時です。原因は、ある日を境に突然始まった男子からのいじめでした。背中を蹴られるなどの暴力を受けたり、給食の牛乳を頭から掛けられたり、下校時には一人で皆のランドセルを運ばされたりしました。しかし「チクリ」だと言われて更にいじめがひどくなるのが恐くて担任の先生にも相談できず、その頃から共働きだった両親の手を煩わせてはいけないと親にも打ち明ける事が出来ませんでした。毎晩寝る前に「明日はひどいことをされませんように」と祈る日々でした。
一人で抱え込む事を続けた結果、ある朝母が「行ってらっしゃい」と私を送りだそうとしたのですが、玄関から一歩も動く事が出来なくなりました。母も周りからの情報で私がいじめを受けていた事を知っていたらしく、その日から私は不登校になりました。何ヶ月か学校を休み、まずは校門の前まで行く事から始め、何人かの良い先生たちの助けを借り保健室登校をしながら少しづつ教室にも参加して、何とか学校へ毎日通えるようになりました。
その後小学校・中学校は無事に卒業しましたが、何もかも皆同じに振舞わないといけない学校を好きにはなれず、人を心から信じることも出来ず人との距離の取り方も分からないままでした。そんな思いを消化できないまま、高校に進学し、受験体制の息つく暇のないタイトなスケジュールと、奨学生やクラスの副委員長を務めていた事で自分の容量を超える事を日々こなさなければならず、また対人関係にも悩み、心身共に疲れていきました。何を見ても心が動かず表情は無くなり、食事を取っても味が感じられず、景色も灰色に見えるようでした。その後1年間休学をしましたが、復学する気にはどうしてもなれず、高校を辞めました。
高校を辞めてしばらくは気持ちが前向きになり、習い事を始めてみたり、バイトを始めたりしましたが、全てをパーフェクトに頑張ろうとする余り心がしんどくなり、どれも長続きしませんでした。高校を休学した頃からカウンセリングにも通っていましたが、自分の現状を変えることも出来ず時だけが過ぎていき、どうしようもない焦りと、「こんな自分が生きていて良いんだろうか」という自分を責める苦しい思いを抱えていました。外出も出来ず家に閉じこもる日々でしたが、家庭内でも自分の居場所を上手く見出せずどこかいつも孤独感を感じていました。
アカデミアの事は高校を休学した頃から知っていましたが、親に「行きたい」と言い出すことも出来ず、自分でも一歩踏み出す勇気がありませんでした。しかし成人を迎え、「自分はこのままで良いのか」という焦りは益々強くなっていき、その頃通っていた心療内科で処方されていた坑うつ薬や眠剤を自分は一生飲んで暮らしていかないといけないのかという思いがあり、まずはアカデミアに問合せをさせて頂きました。その時慎一先生から「変わろうという勇気を大事にしてください」という言葉を頂き、勇気を出して体験入学に来させて頂きました。体験入学に来させて頂くと、食事が取れずがりがりに痩せて表情にも乏しく青白い顔をしていた自分を好奇の目で見るのではなく、先生方や生徒の皆さんは笑顔で迎え入れて下さりました。そして、ただ私に同情し可哀相がるのではなく、これからきちんと前に進むための話を廣谷先生にして頂きました。「愛媛にはもう帰らず、全て捨てなさい」という先生のお言葉に決心をして、体験入学から地元に一旦帰ることはせず、そのまま本入学させて頂きました。
もうすぐアカデミアに来させて頂いて4ヶ月になります。今では少しづつ家事を覚え、また本当の愛情を持って時に厳しく時に優しくご指導下さる先生方や支え助け合えるルームメイトに囲まれ幸せを感じ安心感を覚えていき、食事も3食きちんと食べられるようになり、飲まないと不安を覚えていた坑うつ薬や睡眠導入薬も飲まずに過ごせるようになりました。
沖縄に来て、皆さんのお力をお借りして、ようやく自分で決めた、自分の人生を歩み始めています。 これからは、自分らしく生きて行きたいと思っています。ありがとうございました。

卒業にあたって
今日までの一年間大変お世話になりました。二十一年間生きて来た中で、こんなに穏やかで、温かく幸せを感じ、自分が生きていることを実感できた時間は初めてでした。ほんとうにありがとうございました。ほんの一年前は、心はガサガサに乾ききり、心も身体も心療内科の薬漬けで、正常な状態でなかった私は一筋の希望の光として辿るようにアカデミアに来させて頂きました。もしあの時に来させて頂けなかったら、もし体験入学を終え、一旦地元に戻っていたら、先生が仰る様に精神病院に行くしか選択肢がありませんでした。愛情や人の温かさに飢え、心も身体も冷たくなっていた私は、ソファで眠らさせて頂いている時、廣谷先生が安心させて下さるように額にそっと置いて下さった手の温かさが身にしみて嬉しく今でも忘れられません。
そんな風に深い愛情で寄り添って下さったにも関わらず、大嫌いな自分を勘違いしたプライドの衣で包み、感謝の気持ちも持ち合わせておらず、先生のご指導に耳を貸そうとせず、失礼を繰り返し、厳しい目つきを向け、ほんとうに申し訳ありませんでした。全てを受け入れ見守り続けること、どんな態度を取られても、頑なな相手に根気強く話し続ける事の難しさ、それに、どれだけのパワーを要するかを後輩と過ごす時間の中、自分自身実感させていただき、今日に辿り着くまでどれだけ先生を悩ませ、パワーを奪って、疲労させてしまったか、今更ながら気付かせて頂き、ほんとうに申し訳なく思うのと同時に、そんなにも気持ちをかけて真っ直ぐ、目を反らずご指導頂いたことに、ただただ感謝の気持ちで、胸がいっぱいです。そして、かけて頂いたお気持ちの温かな重みを感じる今、それに恥じない、人間に成長できるよう、アカデミアで育んで頂いた”絶対に諦めない”と言う信念で歩んでいかなければと思って居ります。
先生がご自身の足で歩き、肌で感じられた世界各国のカラフルなお話に心を躍らせ、思いっきり笑わさせて頂きました。そんな中、私が感銘を受け、心から離れないお話がありました。廣谷先生が幼く、一番みじめな時に優しく、温かに接してくれた従兄弟さんとのお話、先生のお母様が雪道を仕事に向かう後ろ姿の思い出や、コンプレックスを見事にバネにされたお姉様のお話、病気や障害を抱えながら立派に生きていらしゃるお二人の姪の方々、先生ご自身が苦労され、それでも懸命に生きて来られた時のお話です。とても感銘いたしました。それはピュアな心と心の繋がりや、人の温かさや、運命を受け入れる強さであり、心から尊敬し、目標とさせた頂きたい大人の姿でした。
これまでの自分の人生に泣き暮れ”可愛そうな私”に酔うことで、向かうべき自分の問題の本質から目を逸らし、人生を歩んでいく必死さも覚悟もなかった自分の甘さを痛感しました。貴重なお話の数々は大事に心の糧とさせて頂きます。いつもお話を思い出し、奮起させて頂く事ができると思います。
本来ならば、留学に挑戦出来るほどの語学力も器量もない私を、社会に出る第一歩として留学させた頂く事を本当に有難く思います。最後の最後まで、ご配慮頂きましてありがとうございました。”生きる事は大変で、必死なこと。人生は山登り。山を登れるだけでも幸せ。一度すべり落ちたくらいでダメだと落ち込む事なく、登り続けること。滑り落ちた分、人の痛みが分かるようになる”と言う先生のお言葉を思い出し、自惚せず、プライドを捨て自分に厳しく、傷ついたことを糧に相手を受け入れ、愛情の深い人間になり、少しでも社会から必要とされるよう、頂いたチャンスを大切に、人生の経験を異国の土地で積ませて頂きます。この様な機会を与えて頂きほんとうにありがとうございました。多忙な日々をこれからも過ごされると思いますが、くれぐれも、ご無理をなさらず、どうぞお身体をご自愛下さい。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
日中の暑さは、まだまだ厳しいですが、ふと見上げた空の雲は秋の到来を告げて居ります。皆様には、お変わりなくお過ごしのことと存じます。
この度、娘がアカデミアを卒業させて頂くことになり、心よりお礼申し上げます。一年前には、とても考えられないカナダ行きのお話に、主人共々喜んで居ります。ここまでして頂くにあたって皆様に、どれほどご心配とご迷惑をおかけしたことでしょうか。
不登校になってから受けた週一回のカウンセリングで小康状態になったかしらとひと安心したのも束の間、どんどん心が不安定になり、ついには、心療内科で頂いた薬でも眠れないという日々が続きました。そばで見ている私も「こんなになるまで、我が子を苦しめて母親失格だ」とわが身を責めておりました。そんな中で、アカデミア行きを決心した娘を、今はただただ誉めてやり、誇らしく思います。沖縄行きの飛行機の中、ぎゅっと握った娘のこぶしは、とても冷たくて、震えておりました。そんな娘が廣谷先生のお話を伺うにつれて、瞳を輝かせていることに気付いたとき、「ここにお世話になろう」と思いました。帰る日、娘の「このままここに残りたい」と言う言葉は、渡りに船でございました。
それでも、眠れない、食べれない、動けない、とないないづくしの娘でしたから、どれほど、先生方、生徒の皆様にご迷惑をおかけしたことでしょう。忘れられない廣谷先生のお言葉があります。「ここが、あなたの場所だよ。しんどくなったら、ここで横になっていいんだよ。でも部屋に残ってはだめ。ここに着て横になりなさい」と娘に語った後、生徒の皆さんに、「祥子ちゃんが、ここに横になったら、すぐタオルケットをかけてあげろ。わかったな」と指示して下さいました。こう書いていても涙が出てきます。娘の心をしっかりと受け止めて下さり、しかも甘やかさず、他人への思いやりを示して下さった、忘れられないワンシーンです。そして、二月末に訪問させて頂いた時の娘は、親のひいき目を差し引いても、しっかり自分の足で立てるようになったと感じました。
カナダ行きの準備にあたっては、細やかなご配慮を頂き、ありがとうございました。私の体調まで、気遣っていただきありがとうございました。何度、感謝の言葉を重ねても足りない気がいたします。「やっと自分のことが好きになれた」と書いてきた娘がどんな生き方をしていくのか、しっかりと見守っていこうと思っております。
最後になりますが、藤田先生、千葉先生、玉城先生、生徒の皆様に宜しくお伝え下さいません。皆様のご健康をお祈りして、ペンを置かせて頂きます。


入学時 卒業時 カナダ高校卒業時
あやこ
16歳
奈良県出身

カナダの提携校に進学決定!
高卒認定試験合格!
高校卒業決定!
カリフォルニアの大学へ進学!

いじめのトラウマでパニックに

私は奈良県出身の木田絢子です。歳は16才です。
私は小学3年生の時にいじめにあいました。そして、それが自分でも気付かないうちにトラウマになっていたようで、中学生になってからは特に一人にならないように周りの目ばかり気にするようになっていました。皆から好かれる良い子でなければならないという思いから、嫌な事があってもニコニコと笑顔でいて、ずっと自分の心に嘘をついて偽りの自分で生きていました。そして、私は中学受験をして私立の中学校に通っていたという事もあり、また両親や祖父母に恥をかかせてはいけないという思いから勉強も親戚の中で常に上位にいなければというプレッシャーで、よくパニックや過呼吸になっていました。また、大好きだったダンスや絵をかく事も、自分で自分を追い詰めるようになり一切出来なくなってしまいました。すると、親にも本音で話す事ができなくなってしまい、家にも学校にも居場所がなくなってしまって、中学3年生の時に不登校になってしまいました。それからは自分のしている事や自分が全て間違っているような気がして、家から一歩も外に出られないような状況になってしまいました。家ではずっと不安定な状態で、すぐに過呼吸になったり家族や物に当たっていました。
そんな時でも弟は自分の不安や辛い気持ちは押し殺していつも私のことを励ましてくれていました。しかし、その弟がある時私に「お姉ちゃん、僕普通の小学5年生に戻りたい」と泣きながら言ってきました。その時に、もうこれ以上甘えてはいられないと思い、以前母から聞いていたアカデミアの事を思い出し、体験入学させていただきました。その時に、こんな私でもここでだったら変われるかもしれないと思い、その4日後に中高一貫の高校を辞め、次の日に入学させていただきました。アカデミアに入学して私は、初めてありのままの自分が認められた気がしました。そして今は、先生方や、友達に支えていただきながら、日々自立できるように頑張っています。

卒業にあたって
体験入学でお会いしたあの夏の暑い日から大変お世話になりました。ほんとうにありがとうございました。廣谷先生にお会いできて、またアカデミアで生活させて頂けて、私の人生は大きく変わりました。 わがままで泣いてばかりいる私でしたが、先生はいつも私の心を見つめて下さいました。いつも心からお話して下さり、心からご指導して下さり、心から寄り添ってくださりました。私は、先生に心から接して頂いて、「こんなに純粋でピュアな想いを心を持って生きていらしゃる方も居るんだ、心と心での純粋の関係もあるんだ。築けるんだ」という事を自分の心で感じ、知る事ができました。
私がお腹の調子が悪い時は漢方をくださったり、毎日、心配してくださって、りんごや、先生のお弁当のほうれん草を下さった時も最初は「なんで、こんなに良くして下さるんだろう」と不思議な気持ちでした。人の心を感じる事ができなかった私にも、先生はいつも心から接して下さり、少しづつ人の想いや、優しさに気付ける様になり、純粋に、そして素直に感じられる様になりました。
そして今では純粋な気持ちで人と接することや、関わること、笑うこともできる様になりました。廣谷先生が世界中のお話や、面白いお話を沢山して下さって、とても楽しく笑わせて頂いて、この様に心から安心して、心から笑っていられるのは、初めての事かもしれません。もし先生との出会いがなければ、私は人と人との関わりや繋がりが、こんなに素敵で、心が動かされるものだとは気付けなかったと思います。それどころか、家から一歩も出られないまま、家族や自分をもっと傷つけて、どうしようもない状況になっていたと思います。これからは、どれだけ大変な事、目をそむけたい事があっても、アカデミアで教えて頂いた純粋でピュアな心を持ち続け、信じ続け、諦めないで生きていこうと思っています。
また、カナダに留学させて頂くという、とても大きなチャンスを与えて頂きまして、本当にありがとうございます。あんなにボロボロの状態だった私が外国で勉強をさせて頂けるなんて、夢の様です。与えて頂いたこのチャンスをベストをつくして、最後まできちんとカナダで過ごさせて頂ける、毎日を大切にしながら、頑張らせて頂きます。
廣谷先生の様に、いつか私も、いつも誰かのことを想いやって、誰かのために生きて、廣谷先生から頂いた温かい想いや、幸せを、今度は私が伝えていける様な人になっていきたいと思っております。ほんとうにありがとうございました。 先生の健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
この度は娘がアカデミアインターナショナルボーディングスクールを無事卒業できましたことを心よりお礼申し上げます。昨年、初めてアカデミアを訪れた時は、まだ娘の精神状態も不安定で、暗いトンネルの中をさまよっているようで、家族全員つらい日々を送っておりました。病院で診察してもらったり、複数のカウンセラーの方にアドバイスを頂いたりしましたが、一向に解決する様子もなく、どうすれば良いのか、途方に暮れて居りました。わらをもつかむ思いで、アカデミアを訪れ、体験入学で一泊させていただいた後に、娘の口からここで頑張りたいと言う言葉が出た時には、ほんとうに驚きました。と同時にやっていけるのだろうかと不安でいっぱいでした。
しかし、廣谷先生のお話をお聞きして、この先生に絢子をお願いしようという気持ちになりました。その結果、わずかな期間で、物の見方、考え方がこれほど変わるのかと驚きました。廣谷先生をはじめ、藤田先生、千葉先生、玉城先生をすごく信頼し、感謝の気持ちを表す娘を見るにつけ、アカデミアの先生方のご指導の素晴らしさに頭が下がる思いです。元々、わがままで自分本位なところが目立っていた娘が、今はどういう自分を変えようと努力しているのではないかと感じます。
人間の気性や性格はすぐには変わるものではないと考えますが、アカデミアで学んだことは、一生の宝物になると思います。娘がいよいよカナダに留学する事になり、期待とともに不安もいっぱいあると思いますが、アカデミアで学んだことが、彼女の大きな力となり無事卒業して、笑顔で帰ってくると信じています。アカデミアを卒業をしましたが、娘はもちろん、私達家族全員、アカデミアの先生方にまだまだ教えて頂く事がたくさんあると思います。どうか、これからも末永くご指導のほど、宜しくお願いいたします。残暑厳しい所、くれぐれもお身体を大切にお過ごし下さい。



入学時 卒業時
ありさ
14歳
東京都出身

東京の高校に進学!

学級崩壊から不登校に
 
私は東京都から来ました伴亜里紗といいます。中学2年生の14歳です。私が不登校になったのは、クラスの学級崩壊が原因でした。小学校の時にも自分のクラスだけ学級崩壊になってしまいました。小学6年生の時も学級崩壊が続き校長先生まで教室に来てとても大変でした。何度も学校に行くのが嫌で、2週間ぐらい休んでいました。
 小学校は卒業できたのですが、中学校の同じクラスに小学校の時の学級崩壊に関わっていた男子がいて、中学校でも学級崩壊になってしまいました。授業中にしゃべったり物を投げたり、教室にいるのがとても苦痛になってしまい、給食の時間にトイレに一人でこもっていました。
 そんな生活が1ヶ月ほど続き、学校に行くのが嫌になり不登校になってしまいました。家にいる時は、パソコンで音楽を聴いたり絵を描いたりして生活していました。母には何度も迷惑をかけていました。私は母子家庭で父と母が離婚していて母と二人で生活していました。父とは小学生の時まで会って話しをしたりしていたのですが、私が中学生になってからは、父とは会うこともなくなりました。学校に行けない私は家でも自分の居場所がなく母にもこれ以上迷惑をかけられないと思い、前から聞いていたアカデミアに行く決心をして、私と母でアカデミアの先生にお手紙を書かせていただき、体験入学に行かせてもらうことになりました。
 入学してからは、ずっとしていなかった勉強をしたり先生の話を聞いたり毎日がとても楽しいです。私の将来の夢は、イラストレーターや画家のように絵を描く仕事がしたいです。アカデミアに来て4ヶ月になります。

卒業にあたって
一年半、お世話になりました。廣谷先生には、父親の代わりになって頂き、時には厳しく、時には優しく、ほんとうの父親のように接して下さいました。いつもお声をかけて頂き気遣って頂き、さびしい時などはいつもそばに居て下さって、とても落ち着きました。
ほんとうは東京には帰りたくなかったのですが、自立に向けての第一歩だと思い、がんばって行きたいと思っています。高校に進学し、アカデミアでの経験を生かして、ムダにならないようにしていきます。沢山の思い出を体験させて頂いたこと、また先生方や生徒の皆様に支えられて、今の自分がいられる事に感謝しております。アカデミアに行く前にあんなに辛かった日々も苦しかった時も、沖縄での皆様の支えが、私の力となり、乗り越えられたのだと思います。いくら苦しくても、辛くても、いつも笑顔で明るく前向きに胸をはって生きて行きます。ほんとうにありがとうございました。
せっかく頂いたウォークマンをダメにした事は、大変申し訳ない事をしたと、つくづく思っております。ちゃんとアルバイトができる様に、忍耐力をつけてのぞみます。必ず初のお給料で買えるようにがんばっていきます。東京で生きるのは大変難しいことですが、しっかり足を地につけてご恩を忘れずに歩んでいきたいと心から思います。
一年半お世話になりました。改めてごあいさつにお伺いさせて頂きたく存じます。どうか、お身体にお気をつけてお過ごし下さいませ。ありがとうございました。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
このたびは亜里紗を卒業させて頂き、ありがとうございました。あっという間の約一年半大変お世話になりました。亜里紗がアカデミアへ向かう飛行機に一人で乗り込んでゆく後姿を、不安や期待が入り混じり複雑な気持ちで見送った日が昨日のようです。亜里紗自身も「自分は変わらなくてはいけない」と、大きな決心でアカデミアへ向かいました。
一ヶ月半経った頃、ルームメイトに囲まれ、笑顔の亜里紗の写真を送ってくださったのを見て涙が止まりませんでした。今まで帽子を深くかぶり人目を避け部屋に引きこもり身だしなみも気にせず荒れた毎日を送っていた亜里紗とは思えない程の豹変に驚きと嬉しさを同時に感じました。進路相談の為にアカデミアへお邪魔させていただいた頃には、半年振りに亜里紗と面会し心の成長を実感しました。先生方、生徒の皆さんにお世話になっている際、たくさんの自分勝手な行動、言動、わがまま、また自分の気持ちを言語化することが苦手な為に意思の疎通がうまくいかなかったりと、しかし、先生方の粘り強いご指導のお陰で大きく、大きく成長をする事ができました。生徒の皆さんには亜里紗の事をたくさん褒めてくださり母親の私が知らない亜里紗の一面を教えてくださいました。
東京にあのまま部屋に引きこもっていたら出来なかった色々な体験もさせてくださりありがとうございました。どれも良い思い出と共に成長の一つとなりました。こうして日々成長していく事が出来たのも、廣谷先生をはじめ、藤田先生、千葉先生、玉城先生が心から亜里紗を受け入れてくださった事、そして生徒の皆さんとの楽しい毎日のおかげです。心よりお礼を申しあげます。ありがとうございました。
亜里紗が自宅に戻り、アカデミアでの出来事を今までに無い程にとても生き生きとし目を輝かせて話しをくれて、とても嬉しく大変盛り上がり、久しぶりに二人で大きな声で笑いました。話している途中で「このままの状態をキープするよう努力していく」と、自分の今の状態とこれからどうして行くかをキチンと理解している姿は立派なものです。以前より心にゆとりを持って行動ができる様になり、周囲に対しても気配りがあり、感心をしておりますが、まだ時々間の抜けた様な事も見受けられ、今後の人間関係に心配が残ります。
廣谷先生には亜里紗の面接にご同行して頂き、ありがとうございました。ご同行していただいた事で、四月からの新しい生活の弾みになり、亜里紗も安心したと思います。亜里紗もまたアカデミアの皆様に会いたいと申しております。親子二人でお伺いさせて頂きたいと思います。
感謝の気持ちを上手く表せず、長々と申し訳ありません。
一年半大変お世話になりました。心よりお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。皆様のますますのご活躍、ご多幸をお祈り申し上げます。


入学時 卒業時
えな
20歳
東京都出身

カナダの提携校に就学決定!
高卒認定試験合格!
カナダで就労!

母に甘え、嫌な事から逃げてきた

私は、東京都出身の増田瑛奈です。年齢は20歳です。
私は、中学生の頃から嫌な事があるとすぐに途中で投げ出して逃げていました。勉強や部活もマジメに取り組んだことがなく、成績が悪くても気にしていませんでした。高校に入学してからも、元々学校に行く事、勉強する事が嫌いだった為、学校に行くのが面倒で休む日もありました。友達もできましたが、話を合わせたりメールの返信をする事が億劫になり、友達に会うのが嫌で段々と学校を休む日が増えていき、入学して1ヶ月後には全く学校に行かなくなり、不登校になりました。学校に行かなくなってからは、ほとんど引きこもりの状態で、そんな姿を知られるのが嫌で友達からのメールなどにも一切返信をしなくなりました。自分の容姿や性格に自信がなく、人に見られたり、接することが怖くて電車に乗れない時期もありました。
私の家は母子家庭で、母と私と二人きりなのに、いつも母に甘えてわがままばかり言っていました。アカデミアの事は5年ほど前に母に教えられましたが、その時は自分には関係ないし、知らない場所で、知らない人達と一緒に暮らすなんて、とんでもないし、絶対にできないと思っていました。でも、昨年20歳になり「大人」と見られる年齢になって、これ以上母に苦労をかけてはいけないし、私自身、自分を変えるチャンスだと感じた事と、「嫌な事から逃げる」性格を直して、自立できる様になりたいと思い、アカデミアで人生をやり直すことに決めました。
アカデミアに来させて頂いて初めのうちは、人との接し方が分からずに、いつも身構えていました。でも、先生方に毎日たくさんの「社会に出るためのルール」を教えて頂き、人の為に何かをしたり、我慢する事、真面目にコツコツと日々努力をする事が、とても大切な事だと知りました。寮での生活も、自分自身驚くほど楽しくて、一緒に生活している皆にとても感謝しています。
アカデミアで、一生懸命頑張って自立して、支えて下さっている方々の気持ちに応えられる様に、そして、何よりも5年間、アカデミアを決して忘れずに、諦めなかった母を将来、支えていける様になりたいと思っています。

卒業にあたって
この度、アカデミアを卒業させて頂きます。11ヵ月の間、沢山の事を学ばせて頂き、大変お世話になりました。ありがとうございました。廣谷先生にお逢いする前は、私はいつも物事を中途半端に投げ出して、母や周りの人に甘えていました。そんな私が大嫌いで、どうにか少しでも自信を持つために、ダイエットしたり、メイクをしたり、見た目ばかりを飾ろうとしていました。アカデミアに来させて頂く直前は、ほとんど食べ物を口にしておらず、飲み物だけで過ごす日もありましたが、その時は、自分は太っていて醜い事で頭がいっぱいでした。人と接することに苦手意識があり、寮での共同生活にも、とても不安がありました。でも、実際に先生にお逢いし、先生の優しさやすべてを受け入れて下さるお気持ちに触れて、今までの自分を全て捨てて、新しい自分に変わりたいと思いました。
私は父親が居なかったので、初めは先生とどう接すれば良いのか分からず、構えていましたが、それでも先生はいつも変わらず、私が今まで知らなかった深い愛情を与えて下さり、安心して毎日、楽しく、充実した日々を過ごさせて頂きました。
先生は、もっと太りなさい、もっと積極的になりなさい、もっと笑いなさい、感情表現を豊かにしなさいと教えて頂き、人間の本当の美しさは、見た目を飾ることではなく、人の関わり、その人の気持ちを受け入れること、人の役に立とうと努力すること、そして自分自身の心に正直でいることだと教えて頂きました。ドライビングスクールに通わせて頂いて免許を取ることができたのも、ずっと不安だった高校認定試験も無事終えることができたのも、アカデミアで学ばさせて頂いたからこそ、最後までやり遂げる事ができました。
今回、カナダに行かせて頂けることは、一年前の私には、夢にも思わなかったことですが、先生に世界中のお話を聞かせて頂き、私も先生の様にもっと広い世界をみて、沢山の人と関わりながら生きていきたいと思うようになりました。英語はまだまだ得意とは言えませんが、失敗で間違えることを怖がらず、積極的に話しかけて、沢山勉強をして、先生から頂いたこの大きなチャンスを絶対に無駄にせず、充実したものにしたいです。そしてアカデミアで学ばせて頂いた、尊敬、感謝、思いやりの気持ちを忘れずに、社会で必要とされる人間になる為に目の前にあることを、一生懸命がんばりたいです。アカデミアで過ごさせて頂いた日々は、私の一生の宝物です。ありがとうございました。
これからもお忙しい毎日が続くと思いますが、お体をくれぐれもご自愛下さい。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
この度は、アカデミアを卒業させて頂きまして誠にありがとうございます。
本日、娘は無事カナダへ出発いたしました。とても落ち着いて、晴れやかな笑顔で搭乗していきました。こんな日が迎えられましたことに大変感謝しております。
人と関わる事を避け、心を閉ざした娘をお願い出来るのはアカデミアしかないと思い、ようやく体験入学で沖縄に向かうものの頑なに拒否する娘でした。一旦東京に帰る日に廣谷先生が「この機を逃したら後はない、今娘さんはとっても大事な時期ですよ」と何度も強く電話でお話くださったこと、藤田先生から娘にお手紙をいただいたこと、千葉先生が自宅まで訪問してくださったことなど、私自身も絶対にあきらめない気持ちでいたものの、これ程までにしてくださる先生方のお気持ちが後押しとなり、本入学させていただくまでの約二週間、真摯に娘と向き合う事が出来ました。アカデミアに行く、と決意した娘はすっかり覚悟を決めた様子で、なんとしても自分を変えたい、そして前向きに生きて行くと約束してくれました。
慣れない生活の中で、先生方には計り知れない愛情で大切なことをたくさん教えていただきました。生徒の皆さんにも大きな力で支えていただいたことと思います。進路相談に伺った際、廣谷先生に「この子は文句ひとつ言わずに頑張りましたよ」と言っていただき、娘の覚悟を感じました。と同時に先生方を心から信頼申し上げているのだと思いました。こうして元気になった娘の姿を見ると、どうしてもっと早くこう出来なかったかと自分の未熟さが悔やまれてなりません。けれども、娘が元気を取り戻すには先生方はもとより、今ここ沖縄で時間を共有させていただいた生徒の皆さんのお力が必要だったんだと思います。心を開き、飾らない自分を受け入れてもらい、信頼し合える仲間にめぐり合えた喜びは、娘の人生観を大きく変えてくれたことでしょう。
廣谷先生、藤田先生、千葉先生、玉城先生そして生徒の皆さんとのすばらしいご縁に恵まれましたこと、心より感謝申し上げます。アカデミアでの生活は自立に向けての第一歩、始まったばかりです。どうぞ今後もご指導いただけましたら幸いです。
残暑厳しい折、お体にはくれぐれもお気をつけ下さいませ。
最後になりましたが、皆様方のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。




入学時 卒業時
たくと
17歳
神奈川県出身

北海道の大学に進学!

消えてしまいたいと思った

僕は神奈川県から来ました勝木拓人と申します。17才、高校2年生です。
僕は中学2年生の頃にいじめに合い、人の事を信じられなくなりました。それでもいじめられた原因は自分にあるのだと思い、自分なりに努力したのですが、ある時何もかもが嫌になり、「消えてしまいたい」と思い死のうとしました。薬を何十錠も飲み、首を吊って死のうとしましたが、途中で意識が無くなり、気付いたらものすごい吐き気に襲われてぐったりしていました。母が帰ってきてすぐに病院に運ばれましたが、足がフラフラでまっすぐ歩けず、何回も吐いたのを今でも覚えています。少ししたら治り、親にも迷惑をかけたくなかったので、すぐに学校にも行きました。学校に行っても自分が自殺しようとした事を知られたくなかったので、だんだんと人との接触を避け、中学3年生の頃に不登校になりました。不登校の間は食事もほとんどせず、寝たきりの状態が続きました。
でもある時、このままだとダメだと思い高校に入学しました。高校に入学して、何か新しい事をしてみようと思ってアルバイトを始めました。最初のうちは何もできない自分に腹が立ち何度もやめようと思いましたが、初めて頂いたお給料が嬉しくてもう少し頑張ってみようと思い続けました。ある日、自分の態度が悪かったのか先輩と喧嘩になりました。先輩に殴られそうな時もありましたが、それを理由にアルバイトをやめました。学校にはほとんど毎日行っていたのですが、だんだんと面倒になり、休むことが多くなりました。
それを見かねた両親がアカデミアを見つけてくれて、後日体験入学に行きました。最初は不安でしたが、皆さん暖かく迎えてくださったり、廣谷先生や藤田先生のお話を伺って、ここなら自分も変われると思い、先生とお約束した一週間後に沖縄に向かいました。今は勉強だけではなく、社会の事についても学んで、皆と楽しく生活しています。昔は思い悩みましたが、今は幸せな気持でいっぱいです。
両親、アカデミアの先生達、クラスメートに感謝の気持でいっぱいです。



入学時 卒業時
たかゆき
14歳
神奈川県出身

地元中学校に復学!

寂しさを誰も理解してくれない

 こんにちは。僕は神奈川県出身14才、中西隆志です。
 僕は小学校に入学する前に理由も知らずに児童相談事務所にあずけられました。後から預けられた理由を知りましたが、祖母の急死や母の入院、姉の不登校と重なり、家族が大変な状況になったのが理由だったそうです。毎日家族に会いたく寂しさで、カレンダーに家族と再会できる日をあと何日かと印を付けて過ごしました。その後、小学校に入学しましたが、集団生活をすることや勉強ができなくて、毎日の生活環境にも適応できませんでした。集団生活ができるようになるため、再び家族から離れ、全寮制の小学校に入学しました。そこでは信頼できる先生に会うことができましたが、五年生の時に先生が転勤になり、気持ちを話すことができる人が自分のそばからいなくなり、寂しい小学校生活を過ごしました。
 その後中学に入学しましたが、やはり集団生活に馴染めず、小学校からの学習も全く理解できず、中学には、僕の本当の寂しさを理解してくれる先生がおらず、孤独が増していき、中学二年生の時に不登校になりました。唯一の楽しみは、学校の帰りに寄る駅の売店でおやつをひとりで食べて、寂しさを紛らわすことでした。
 そんな姿を見た父がインターネットでアカデミアを探してくれ、体験入学に参加しました。今度こそは自分の全力をかけて頑張ろうと思い入学をしました。入学した後には寮内でペットを飼いたい、携帯を持ちたいなどわがままを言い、授業中には突然クラスルームを出てぶらぶらするなど、落着かない生活をしていました。でも先生方は、決して僕のことを怒らないで、特に藤田先生は僕の本当の寂しさを理解してくれました。そしていつも僕のそばに居てくださいました。僕は生まれて初めて安心を感じました。クラスメイトも、僕が勉強ができなくても馬鹿にすることはなく一緒に力を貸してくれました。いまではとても幸せな気持ちで頑張っています。
 物事に適応できないこんな僕に、生きることの大切さを教えていただいた廣谷先生、いつもそばにいて下さった藤田先生、何時間でも僕の学習を見て下さった先生達、こんなに幸せな場所を探してくれた父に感謝の気持ちでいっぱいです。

卒業にあたって
 廣谷先生、藤田先生、
 6ヶ月間本当にありがとうございました。
 初めて廣谷先生にお会いした時、僕は親も信じる事ができず、廣谷先生に大変失礼してしまったにもかかわらず、優しく接していただいてどんなに嬉しかったか分りません。
海に連れて行ってくださった事や祖母の葬儀の時に元気づけてくださった事など、書ききれないほどの愛をいただきました。
 廣谷先生、藤田先生の御恩は一生忘れません。アカデミアの教えを守り、学校に帰ってもがんばります。ありがとうございました。



入学時 卒業時
ともか
15歳
山口県出身

北海道の高校に進学!

いじめがきっかけでオドオドするように

私は山口県出身の井上朋花といいます。年は15歳です。
私は小学校5年生の時に転校した事がきっかけでいじめにあいました。その時は前の学校にもどしてもらえたのですが、またその学校でもいじめをうけてもどってきたという事が有名になりオドオドするようになりました。中学に入ってからもそのオドオドはやまず、友達に悪口を言われるのが恐くて機嫌をとったりしていました。そんなある日毎日オドオドして人に受け流されている自分がわからなくなり、遂に不登校になってしまいました。不登校になってからは母にワガママを言ったり、外の目も気になりだし4歳年下の弟に「外には私が不登校の事を言わないで」と毎日のように言い聞かせて弟を悲しませてしまったりと家族に迷惑をかける日々でした。  
そんなある日母がアカデミアを探してくれたのですが、最初は知らない人と関わると言う事が恐いのと、自信がなかったため行く気にはなりませんでした。そしてある日弟が外に頼って苦しんでいる様子が見えてきた頃、このままじゃ一生家族を苦しめてしまう日々になり自分もだめなままだと思い、勇気をだして行ってみる事にしました。行ってみてみんなに会わせて頂いた時は、先生とみんながとても優しい方々でこんな私を受け入れてくださり、後日本入学させて頂きました。
今は、先生に世界や社会でのいろいろなお話をして頂いたり、毎日いろいろな事を教えて頂いていて、みんなで助けあいながら安心して楽しい日々を過ごさせて頂いています。そして社会に出た時にオドオドしないで、自分を持って人とうまく関われるようみんなに支えて頂きながらがんばっています。



入学時 卒業時
あつし
17歳
山口県出身

大分の公立大学に進学!

何も決まらず目標の無い日々

僕は、昔から何をしても中途半端で、そんな自分が嫌いな反面、全て「そのうち、何とかなるだろう。」と、あきらめから入る自分の考え方に甘えていました。その考え方のせいで何事にも集中して取り組まず、いつもふらついていました。中学生の頃から、だんだんと道を外すようになり、学校でふざけたり、問題を起こしたりして、毎日のように家庭連絡の電話がかかってきていました。担任の先生や周りの先生の協力のおかげで、何とか高校に進学出来たものの、先生と合わず、すぐに中退しました。中退してすぐに、一度アカデミアに体験入学に来たものの、その時はまだ地元に残って頑張ろうと思い、入学しませんでした。その後通信制高校に編入し、生徒会副会長をやらせてもらったりと色々なチャンスをもらったけれど、活かせずに卒業し、遊びほうけていました。周りの友人達は進学先や就職先が決まり、どんどん新しい生活をはじめるなかで、自分を見失い、僕は何も決まらず、何の目標もない不安や自分の不甲斐無さを、親や周りの人にぶつけていました。
そんな時、親が「何かのきっかけになれば」と再び前に訪れたアカデミアのHPを見せてくれました。その時の事を思い出し、自分自身と向き合い、また自分を見つける為に、地元を離れ、アカデミアに入学する事にしました。
入学してからは、廣谷先生をはじめ、信一先生、玉城先生、千葉先生の経験豊富なご指導の下、語学や勉強、また他では学ぶことのできない礼儀やマナー、思いやりの心など、生きていく上で大事な事を教えていただきました。また、自分でも気付かなかった、アートやクリエーティブな才能も、廣谷先生に見出していただきました。字も日本の少年でまれに見る達筆とお誉め頂きました。 とても嬉しかったです。今は、見出していただいた可能性を活かした進路に進もうと思っています。自分の繊細な部分も初めて大人の人に認められ、素直にさらけ出す事ができました。 
短い期間でしたが、ご指導いただいた事を忘れず、一日一日を大切に過ごしていこうと思います。本当にありがとうございました。

卒業にあたって(廣谷先生あて)
短い間、本当にありがとうございました。
入学当初、不安でいっぱいの中、先生のお話で笑わせていただき、緊張がほぐれ、楽になったのを覚えています。来る前の生活との違いに、なかなか慣れず、焦ったりした事もありました。一度泣いた時、溜まっていたものが全部出て、涙が止まらない中、先生が全てを受け止めてくださり、本当に安心し、嬉しかった事、体調がよろしくない中美味しいラーメンをごちそうしていただいた事、絵や字の才能を見出していただき、大学進学へエールを送ってくださった事など、卒業に当たって、来てからの事を思い起こしてみると、本当に充実した時間を過ごさせていただいたなと、と思います。
学校にいる間は幸せな気持ちでいっぱいでしたが、地元に戻ると環境の違いにとまどう事もあると思います。けれど、アカデミアで学ばせていただいた事を思い出し、これからも頑張っていきたいと思います。
最後になりましたが、沖縄は今から夏本番で、本当に暑くなると思います。くれぐれもお体にはお気をつけてお過ごしください。短い間でしたが、本当にお世話になりました。ありがとうございました。

卒業にあたって(藤田先生あて)
短い間、本当にありがとうございました。
入学した日、エレベーターが開いてすぐに信一さんが手を振ってくださった事、今も覚えています。最初の一週間、毎日部屋で寝ていただいたり、いつも声をかけていただいたりした事、本当に嬉しかったです。いつもご迷惑ばかりお掛けして、お手伝いをしても足手まといにしかなってなかったですが、笑顔で接していただいたり、笑わせてもらったり、お忙しい中夕食を作っていただいたりと、学校以外の場でも色々な形で気にかけていただいて、本当にありがとうございました。
短い間でしたが、とても充実した日々を過ごさせていただきました。
沖縄では今から夏本番で、暑くなると思いますがくれぐれもお身体にはお気をつけてお過ごしください。




入学時 卒業時
こころ
14歳
熊本県出身

地元中学校に復学!
熊本県の高校へ進学決定!

部活で先輩からのいじめにあって

私は熊本県から来ました、中村真心と言います。歳は14歳で中学2年生です。
私は、小学2年生からテニスのクラブチームに入っていてそのチーム内でも当たり前の様にいじめがありました。それで何人も辞めて行っていたので、いつか自分にいじめの番が回ってくるのだろうかという不安から気を強くはる様になっていきました。又、コーチや先生方に媚を売っていないとあまり教えてくれなかったのでぶりっ子が当たり前になっていき、私が九州で1番を取った時にも「九州1番はまだまだだからもっと上を目指しなさい。」と言われたり、勉強もスポーツも何でも完璧にやりなさいと言われたりしていたので、だんだん出来ない事を出来ないとと言えなくなっていきました。
それから、小学校の頃からたまに中学生の大会に出ていたのですが、私達に負けた選手やそのチームメートからすれ違った時に睨まれたり悪口を言われたりする事が多くあったので、もっと気を強くはる様になっていきました。中学校はテニスの強い所に入ったのですが、自分の意思ではなく周りの意思で入った様な感じであり、小学5年生位からテニスが好きではなかったので、強くなりたいから練習するのではなく周りの人が期待をするからただ、たんたんと時間が過ぎるのを待ちながら練習をやっている様な感じでした。
私が怪我をして1ヶ月位部活を休んでいたのですが、部活に復帰したとたん先輩からのいじめが始まりました。その時はまだ我慢できたのですが、全国中学生選手権大会に私達、1年生ペアが出場して先輩方が出場出来なかった事が原因でいじめがひどくなっていき、部活に行けなくなっていきました。初めは学校には行って、友達とも仲良くやっていたのですがやはりその先輩を見ると怖くなって9月位に学校に行けなくなりました。4ヶ月位は親に心配をかけたくなくて元気にしていたのですが、もうそれも疲れてきてそれから3ヶ月間誰とも会わずずっと布団にこもっていました。不登校の時に1回だけ先生方に会いに学校に行ったのですが、もうこの学校にお世話になる事は無いだろうと思い、制服ではなく私服で登校しました。
そんなある日父がアカデミアのパンフレットを持ってきてくれて、もうこのままではいけない、熊本を出ようと決心し、とても不安でしたが沖縄へ体験入学へ向いました。体験入学では優しく先生方や生徒の皆さんがむかえて下さったので、自分にはアカデミアしか無い、先生方にかけようと思い、全部を捨て、そのまま熊本に帰らず、携帯も父親に渡し、本入学させていただきました。本入学してからはトラウマやいろいろな不安から毎日の様に発狂して我が儘ばかり言っていました。
今は、先生方やお姉さん方にご指導していただきながら、優しい人になる事、品格を持つ事、無理をせず本音の私になれる様、自分が自分らしくいられる様に、日々努力しています。今はとても安心して毎日楽しく暮らしています。

卒業にあたって(藤田先生あて)
 信一さん、一年七ヶ月間本当にお世話になりました。
 入学させて頂いてすぐの頃は自己中心でいつも自分の世界によって信一さんをふりまわしてばかりでした。特に発狂した時は自分の悲しさによっていて、昼夜をとわずよりそって頂きました。
 地元に居た頃は両親も私を怖がり、私も心を開ける事ができず一人で自分を責めてもがいていました。そんな中でアカデミアに来させて頂いて、ありのままの自分を受け入れ真っ直ぐよりそって下さる方と初めてお会いさせて頂いて、嬉しくてありがたくてあの日のことを思うと涙が止まりません。
 沢山お時間をさいて頂いた中で、私が「地元に帰りたい」と言った時に信一さんが「帰ってもいいけど、帰って何があるの」とおっしっゃて頂いた言葉が心に残っています。それまでは現実からも自分からも逃げて全てに向き合う事を拒んでいました。ですが信一さんに初めて現実を見させて頂き、安心し向き合うのことの大切さや素晴らしさを学ばさせて頂きました。
 私の悪い所に一番向き合って頂いたのも信一さんでした。朋花さんに暴言を言ってふりまわして廣谷先生にお声を上げて頂いた時にも、お部屋に来てお話をして頂きました。毎日暴言を言われて本当に発狂したかったのは朋花さんだったと思います。朋花さんがいらっしゃらなかったら今の私は絶対に無く、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。
また、進路相談前にもわざわざお出かけにつれていって頂いてお話をして頂きました。afternoon tea で昼食を食べさせて頂いたり、ショッピングをさせて頂いたり、最高の思い出を作らさせて頂きました。そのときに買って頂いたネックレスは一生の宝物です。
 その進路相談後にも沢山支えて頂きました。自分の至らないところから逃げて改善されたふりをしたり、不安になるとすぐアテンションをもらって安心するという悪いくせがまたでたりして、信一さんのお力を大変注いで頂きました。信一さんのお言葉やカバーなどのお支えがなければ一人じゃ絶対に立ち上がる事はできませんでした。いつもいつも失礼ばかりだったのにもかかわらず、親以上の愛で包み込んで下さりましてありがとうございました。
 信一さんと出会わせて頂いて初めて人を信じることができました。生まれて初めて私と真っ直ぐ向き合って下さったのも信一さんでした。信一さんから人を愛することの大切さや人の芯の強さや自立など沢山のかけがえの無い個とを学ばさせて頂きました。私は信一さんと出会わせて頂いて人生が変わりました。
 アカデミアに来させて頂いてこんなに温かい方々と出会わせて頂き、今はイジメられた事に感謝、感謝です。アカデミアで学ばさせて頂いた事や気持ちを宝として原点を忘れずに地元でも頑張ります。
 最初から最後までご心配をおかけしてばかりですが、一年七ヶ月間本当にありがとうございました。
 長々とつたない文ですが最後まで読んでいただいてありがとうございます。
 お忙しい日々をお過ごしですがお身体には十分お気を付けてお過ごし下さい。


父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
 
この度、十月をもちまして、アカデミアを卒業させたいただくことになりました。昨年の四月から長きにわたり、娘を親以上の愛情で包み支えていただき、ありがとうございました。おかげ様で自分を取り戻し、自分らしく前に進む力をいただくことができました。これも昼夜を問わず見守りいただいた先生方のおかげです。本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
 廣谷先生から頂いたひとつ、ひとつのお言葉、ひとつ、ひとつの思い出、そして世界観の広がるひとつ、ひとつの授業が娘、真心の宝物です。先生との出会いのおかげで、広い世界に目を向け、留学と言う夢も持つことができました。沖縄で過ごした時間と学びを大切にしながら、自分の夢に向かって真心らしく頑張ってくれることと思います。私たちも娘と歩を共にし、家族四人、力を合せ、前に進んでいくつもりです。娘は先生のことを心から信じられた初めての人と申して居ります。沖縄の地を離れますが、これまで同様見守りいただけます様、お願い申し上げます。よろしくお願いいたします。
 本来なら、直接お会いしてお礼申し上げるべきところですが、書面にて失礼いたします。お許し下さい。この一年半は私たち家族にとっての財産です。本当にありがとうございました。感謝の意は綴りきれておりませんが、お礼の文とさせて頂きます。お忙しいと存じますが、無理をされぬようお体をご自愛下さい。アカデミアの皆様のご多幸をご祈念申し上げます。


沖縄のフリースクール「アカデミア」は不登校、登校拒否、ひきこもりなどの問題を持つ生徒が、そこから起き上がる力、心の教育、生き方、ライフスキルを、日々の生活を通し習うスクールです。沖縄県内だけではなく、
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