‐生徒の体験談・結果‐

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入学時 卒業時
はるか
13歳
福岡県出身

地元の中学校に復帰!
埼玉県の高校へ進学決定!

友達から無視され、人間不信になる

 初めまして、こんにちは。私は福岡県から来ました、堤暖加と申します。13才の中学2年生です。
 私は小学校のときから友達のグループに入るのに必死で、友達と同じものを買ってみたり、友達と同じ音楽を聞いてみたりなど、友達に気に入られるように毎日過ごしていました。でも、ある時その友達が私の悪口を言っている事を知り、それからはだんだんクラスの人からも無視されるようになりました。その事が原因で人を信じられなくなりました。中学校に入る前に受験があったのですが、親に心配をかけたくないというのと、このままイジメがなくなってくれないかという期待を胸に中学校に行きました。でも中学に入っても、新しい子が加わって、また悪口を言われるようになりました。
 部活にも入ってみたのですが、そこでも先輩達が悪口を言っていたり、嫌いな子には無視するところを見て、だんだん怖くなっていきました。そのころは、学校にも週3回ぐらい行っていたのですが、両親が私の事でケンカしている姿をみて、完全に不登校になりました。不登校になってからは母に当たってみたり、包丁を手首にあてて自殺しようとしてみたりと、家族に迷惑をかける日々でした。
 そんなとき母がアカデミアの事を紹介してくれたのですが、その時は自分に自信がなく、行く事が出来ませんでした。でもそれから四ヶ月位たち、だんだんこのままではいけないという気持ちがあり、勇気をもって沖縄に体験入学に来させていただきました。体験入学の際は先生方や生徒の皆さんが、こんなワガママな私を受け入れてくださり、とても嬉しかったです。
 しかし福岡に一度帰ってしまうと、優柔不断の私が出てしまい、アカデミアに行く事を毎日悩んでいました。でもそんな私をみかねて父が「沖縄に行って来い」という言葉で沖縄に行く決心がつき、沖縄に向かいました。
 入学させていただいてからは、いつも皆さんに迷惑をかけてばかりでしたが、自分と向き合い、また先生のご指導の下、新しい発見もあり、今は皆で協力して楽しく生活しております。今は品格をもつことと、基礎を固めていく事を目標にしております。

卒業にあたって

 廣谷先生、
 1年4ヵ月の間、本当にありがとうございました。私が来た当初から先生は何も変わらず、優しく接して下さり、沢山の優しいお言葉をかけてくださいました。福岡にいた頃は人の温かさや優しさを感じる事がありませんでした。でもアカデミアに来させて頂いて、初めて人の温かさや優しさを感じる事ができました。沖縄に来る前は、両親のことや学校の事で悩み、人を信じる事も自分を信じる事もできなくなりました。家に居ても一人と感じ、自分の居場所を求めて外に出て友達といても、いつも一人だと感じていました。
 相談できる人もおらず、いつも「私はここに居ないほうがいい…」と何度も自殺しようと思い、手を切っていました。でもリストカットを何度しても、だれも気づいてくれませんでした。そんな時にアカデミアに来させて頂いて、廣谷先生とお会いする事ができ、今まで真っ暗だった世界が明るい世界に変わりました。
 真っ暗でいつも一人だったと感じた世界とは違い、先生達、生徒の皆さんがいて下さり、とても温かい世界を感じました。私がさびしくない様に居場所を作って下さり、ほんとうにありがとうございました。いつも人を嫌って信じる事ができなかった私が、人を信じることができる様になり、また笑顔のない私に沢山楽しいお話をして下さり、今では自然に笑える様になりました。今こうして笑顔で、楽しく安心した気持ちでいられるのは廣谷先生が親以上の愛情を下さり、いつも私自身を見て受け入れて下さったからだと思います。本音でぶつかり合える友達が近くに居て、笑って楽しく暮らす事ができて、支えて下さってほんとうにありがとうございました。私にとってアカデミアで過ごせた時間は一生の大切な思い出です。沢山の思い出を作って下さり、本当にありがとうございました。
 地元に帰っても先生達から教えて頂いた事を胸におき、自分ができるベストをつくして一生懸命がんばります。今までの沢山支えて頂き、優しく、厳しく、社会のルール、世界の話しや歴史を教えて頂き親以上の愛情を頂き、ほんとうにありがとうございました。
 廣谷先生のお幸せを心よりお祈り申し上げます。毎日お忙しいと思いますが、お身体にはくれぐれもお気を付けてお過ごし下さい。ほんとうにありがとうございました。


入学時 卒業時
ゆうた
15歳
ドイツ出身

カナダの提携高校に進学!
成績優秀生徒として表彰!

日本とドイツ、どちらで生きていけばいいのか

 初めまして、こんにちは。僕はドイツから来ました森悠太と申します。年齢は15歳です。
 僕は五歳まで日本の京都で過ごしましたが、父が仕事でドイツに赴任することになり、家族でドイツで生活することになりました。僕の家は厳しく、すべてを完璧にこなすことを求められていました。そんなことから勉強だけではなく、スポーツや音楽のすべてを完璧にこなそうと思うようになり、どんなことにも息を抜くことなく、自分でもすべてを完璧にしなければ気がすまない気持ちになり、いつも何かに追われるような日々を過ごしていました。
 そんな生活の中、クラブ活動でゴルフに参加していて、ドイツの全国大会にでるチャンスがありました。 来る日も来る日も練習しヘッセン州で二度優勝する事もできました。しかしその後の大会に参加するにはドイツ国籍を取得しなければいけないという規則と、国籍取得後も十年間はドイツで暮らさなければならないという規則など、たくさんの決まりがありました。好きなゴルフを続けたいという気持ちもあり、両親と相談しドイツ国籍を取得しました。しかしこれからの自分の人生を、外見は日本人でも、五歳からドイツの習慣で生きてきたドイツ人として生きるのか、日本人としてドイツの国で生きるのかとても迷い、ゴルフの全国大会にも出ることなく深く考え込むようになりました。
 十歳頃から忙しい生活が続き、ある時自分が人生で何をして生きていけばいいのか分からなくなり、中学三年生の時に学校に行けなくなりました。
 それからの生活は部屋に閉じこもるようになり、部屋のカーテンを開けることもせずに、食事も一日に一度、家族が寝てから、ひとりで食べるという昼夜逆転の生活が続き、両親との会話も無くなりました。カウンセリングにも通いましたが、ただ通うだけで何の答も出ませんでした。
 長い間僕の苦しさを見ていた母がインターネットで探し日本にあるアカデミアを見つけてくれました。僕はアカデミアのホームページを見て、国際的に活躍した先生達が居るここなら自分の自信を取り戻し、前に進めると思い、ドイツの自分の部屋の総て整理をして、体験入学をすることなく、そのまま入学することを決心して、日本行きの飛行機に乗りました。小さい時にしか住んだことのない日本で生活するのには沢山の不安もありましたが、アカデミアの先生は、僕を外見やゴルフで残した結果を見るのではなく、僕の気持ちを大切にしてくれます。
 そんな先生方や一緒にくらしているクラスメートのおかげで、自分自身を等身大で認めることができ、少しずつ前に進むことができるようになりました。日本の習慣や文化、日本語の読み書きで分からないことも沢山ありますが、みなさんに支えられ楽しく生活しています。いまの僕の夢は英語を勉強しアメリカやカナダに留学し勉強することです。そのためにも精一杯頑張っていこうと思います。ドイツで暮らしている、両親と姉に感謝の気持ちでいっぱいです。

guten tag mein name ist yuta mori ich bin 15 jahre alt und bin mit meinem 5 lebens jahr nach deutschland geflogen.
meine eltern waren sehr streng und deswegen wollte ich alles,perfekt hinkriegen damit ich keine probleme kriege und deshalb wollte ich in der schule nur gute noten schreiben und musik im bereich wollte ich nur schwere lieder spielen und im sportlichen
bereich habe ich golf gespielt und jeden tag 6-7 stunden geuebt.
weil ich so ein lebens ablauf hatte konnte ich mich nicht erholen und wusste nicht mehr was ich machen sollte,und als ich 15 jahre alt war musste ich mich entscheiden ob ich den japanischen pass behalte oder den deutschen pass nehme,ich habe mich letzendlich fuer den japanischen pass entschieden weil ich in meinen inneren herz
dachte das ich als japaner meinen neuen weg suchen sollte.
und ich bin dann nach japan geflogen um eine neue schule zu besuchen .in der neuen schule bin ich auf lehrer begegnet die ich nie zu vor gesehen habe,die lehrer hier haben nicht auf meine leistung geschaut sondern auf die sachen wo ich mich bis her bemueht habe und das hat mich dazu gebracht wieder nach vorne weiter zu laufen und daraus entstand fuer mich wieder ein neuer traum,und der traum ist in amerika oder in canada zu studieren und deswegen werde ich fuer meinem neuen traum mein bestes geben.

卒業にあたって

一年前に廣谷先生に初めてお会いさせて頂いた日は、一生忘れる事の出来ない日でございます。
廣谷先生にとっては、決して良い日とは言えないと思います。そんな気持ちにさせた事に深くお詫び申し上げます。
あの時は頑固で生意気だったので、気持ちを素直に出すことができなかったのですが、あの日に初めて優しさと愛情にふれたと思いました。
七ヶ国語を話す事が出来て、その上社会で成功された廣谷先生が、しょぼくれて社会のゴミみたいな僕なんかの汗を拭いてくださった事は、一生忘れることのできない、とても温かくて深い愛情が積もった思い出だと思って、感謝の気持ちでいっぱいです。
歴史も知らなかったのですが、廣谷先生がしてくださった授業のおかげで初めて歴史や世界の国々に興味を持つことができて、こんな自分もちゃんと学校を卒業したら世界を回ってみたいという気持ちになりました。廣谷先生の言葉一つ一つは、自分の言葉に響いて、こんな自分にも好奇心が出来ました。
どれだけ頑張っても廣谷先生みたいに世界で活躍する事は出来ないのですが、それでも近づける事ができるように精一杯頑張ります。
精神病院の一歩手前であった僕を救って、カナダという夢みたいな世界を作ってくださった事に心から感謝を申し上げます。
この一年ずっとご無礼で裏切るような事をしてしまって本当に申し訳ございませんでした。それでも自分を見捨てずにいてくださり本当にありがとうございました。
アカデミアの皆様にとっては、僕と出会って一つも良い事は無かったと思います。でもそれでも僕にとってはアカデミアは家庭以上の場所でした。
この一年間はもっとも人生の中で幸せな時間でした。本当にお世話になりました。心から感謝を申し上げます。
暑い日が続いておりますが、お身体にはくれぐれもお気をつけ下さい。


しんいち先生へのお手紙:
信一さんと始めてお会いさせていただいた日から、信一さんは心から優しさを持っておられる方だと思って、気持ちがすごく楽になりました。
あの時はただ威張っていて、本当はすごく怖かったです。でも信一さんが笑顔で自分を迎えに来て下さった時に、気持ちがすごく楽になって、ここで頑張ろうと思いました。
最初の頃は、僕は一人になろうと思い、すごく悪い方向に考えていた時期がありました。でも信一さんは僕に一人じゃないよと言って下さいました。自分が何も言わなくても信一さんはいつも僕の気持ちを誰よりも理解して下さいました。そんな気持ちに甘えていつも無礼なことをしてしまって本当に申し訳ございませんでした。
人生の中で信一さんみたいな、優しくてきちんとされていて、誰よりも物事を深く考えられている方ともっと早くお会いしていたら、僕も少しはましな人になっていたと思います。こんな僕を息子と呼んでくださって本当にありがとうございました。信一さんは僕の親よりも僕の事を思ってくださって親以上の愛情を下さりました。いつも信一さんとお出かけしたりお食事できたことが自分にとって一番の幸せでした。
最近はいつも昔の事を思い出して涙が出てきます。良い事も悪い事も全部僕にとっては大切な思い出です。こんな幸せな思いでは二度と作ることは出来ないと思います。弱くて自尊心の無い僕が、どこに行っても頑張ろうという気持ちになれるのは、信一さんにいつかこの深い恩義を返したいと思えるようになったからです。
何も出来なかった自分をここまで前に引っ張ってくださって本当にありがとうございました。信一さんがいてくださったから今の僕がいるという事を忘れずに前に進みたいと思います。
本当に長い間大変お世話になりました。心から感謝申し上げます。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)

アカデミアの先生方へ

早朝の庭一面に霜が見られるようになり、ドイツでは本格的な冬の到来となりました。今年も押し迫り、先生方皆様におかれましてはとりわけご多忙のことと拝察申し上げます。
常々心にかかりながらも、その日その日の雑事に追われ、すぐにでもお手紙を差し上げますべきところ、ついつい遅延いたしまして、まことに申し訳ございません。

約三年前、「学校に行く意味が分からない」と希望を持てずに、夢を持って前進することも忘れ去ってしまい、帽子を深く被り、昼夜逆転生活になってしまった悠太。
私達家族の周りには不登校の方はいらっしゃっても、不登校で尚且つ引きこもっている方は全くいらっしゃらなかったので、対処方法の情報源を得るには大変努力を要しました。少しでも以前のようなアグレッシブな悠太に戻ってほしいと……。
「どうにかしてやりたい、どうにかしなければならない」と、彼がひきこもった二年間、反対に私がアグレッシブになっていたのではと、良い医者がいる、信頼のおけるカウンセリングの方がいらっしゃると聞けば、バイエルン州方面までご相談に行かせて頂いたこともありました。「きっといつかは誰かが悠太を立ち上がらせてくれる」と、信じて諦めず努力はし続けておりましたが、でも良かれと思って行動いたしました結果はいつも問題解決には繋がらず、反対にもっともっと悠太を追い込むことになってしまいました。
私たち家族は数知れぬこのような経験をいたしました。それ故に主人そして私がアカデミアの先生方に常に思いますことは、
”誰もが成し得て下さらなかった事を、不可能であったことを可能に成し得て下さった”
それがアカデミアの先生方です。
そしてこの感謝の思いは今日よりも明日と、年月を重ねれば重ねますほど、先生たちへの感謝そして敬意の気持ちは深まってまいりますと確信しております。

悠太が九月に日本を出立いたしまして、カナダでの学生生活は早くも三ヶ月が過ぎようとしております。「便りが無いのは無事な証拠」だと思うように努めております。
約一年間アカデミアで学ばさせて頂きました”ライフスキル、物事の受け止め方etc”、しっかりもう一度確認しながら、そして先生方のご尽力のおかげで頂いたこの素晴らしいセカンドチャンスを、大航海を、大切に感謝、尊敬、思いやりの気持ちを持って、幸せな気持ちを感じながら歩んで進んでいくことを願っております。

寒さ厳しくなります折、御自愛くださいますよう、そして輝かしいご越年をお祈り申し上げております。


入学時 卒業時
ゆり
20歳
福岡県出身

カナダ留学決定!

親に反発し、学校でもトラブルに

 こんにちは。
 私は福岡県出身、20歳、草場由莉と申します。宜しくお願い致します。
 私の両親は共働きで、保育園の時から小学校の頃までは、朝しか会わないという生活で、私の心の中はとても寂しい気持ちでいっぱいでした。しかし両親は私の将来を考えて、厳しくしつけをしてくれましたが、中学の頃から反抗期と重なり、両親に反発するようになりました。あれはダメ、これはダメという両親の言葉に対して、親の言うこととは逆のことをするようになり、ますます両親との溝が大きくなりました。そんな気まずい気持ちから、両親に素直な気持ちになれず、自分の気持ちを閉ざし、寂しさを外に向けるようになりました。
 また学校生活でも小学校の時から苦手な科目もあり、授業を受けていても、ついていけない状況でした。兄の影響もあり剣道をしたり、公文教室にも通いましたが、先生に注意をされたり、嫌なことがあると投げ出すようになりました。中学校生活では、ときどき友達同士のトラブルはありましたが、仲の良い友人に支えられて卒業し高校に進学しました。
 高校生活では頑張ろうと思っていましたが、周りから正しく理解されず、見た目で自分自身のことを判断され、先生方と上手くいかず、友人とは女の子同士のトラブルに巻き込まれました。助けてくれた先輩や友人もいましたが、学校に登校するのが嫌になり、家にいて自分のリズムで生活している方が楽だと思い昼夜逆転の生活になりました。そんな生活から高校を単位制のサポート校へ転校しギリギリの単位でなんとか卒業し、子供が好きな気持ちから保育科のある短大に進学しました。しかしストレス性の腹痛がひどくなり、朝も起きられず、短大を辞めることになりました。両親と相談しこのままではいけないと思い、専門学校に入学しましたが、また昼夜逆転の生活となり、この根本的なことが治らず専門学校を辞めてしまいました。
 そんな私を見ていた両親が、このままでは私の人生がダメになってしまうと思い、インターネットでアカデミアを探してくれ、体験入学をすることになりました。生徒の皆さんの体験談を聞き、頑張っている姿を見て、ここなら自分を変えられると思いました。丁度、私と同年の人達が卒業したばかりということもあり、歳の離れた中学生、高校生の皆さんと生活を共にし、皆さんと一緒に一からやり直そうと言う決意で、すぐに荷物をまとめて入学しました。
 毎日、両親から自立して社会に旅立つために、先生方から沢山のことを教えて頂いています。好きな英語の授業を受けながら気持ちも落ち着き、将来のことも考えられるようになりました。将来の事も真剣に考えず、ただその時、その時を過ごしていた時間を取り戻すべく、自分と向き合っています。先生達や一緒に暮らすクラスメートに感謝の気持ちでいっぱいです。
 そして翻弄されながらも、私のことを諦めず、見守ってくれた母と、寡黙に私を見守ってくれた父に感謝の気持ちでいっぱいです。私のわがままを許してくれた兄、弟、妹にありがとうという気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

卒業にあたって

 十ヶ月間本当にお世話になり、ありがとうございました。十ヶ月という期間はアカデミアで過ごすとあっという間に過ぎてしまい、入学したばかりの頃の事も鮮明に思い浮かび頬がゆるみます。体験入学で初めてお会いした時、先生の力強いオーラとパワーにとても驚いたことをよく覚えています。自分本位でどうしようもなかった私には、先生はとてもまぶしく輝いて見えて、初めて大人の人の温もりを感じて本入学させて頂きました。
 本入学しても過去を捨てきれず、ずっと泣いていた私に、先生は何度もお部屋に来てくださり笑わせてくださったり辛い経験も包み隠さずお話しして、勇気づけてくださいましたよね。私は、廣谷先生はずっと華やかな人生を送られてきたと思っていたのですが、先生は私よりも沢山辛い想いをしながら努力されてきたから誰よりも輝いていると知り、自分を可愛そうだと泣いてばかりの自分が恥ずかしくなり、先生のように頑張らなきゃと前を向く気持ちを頂きました。
 先生にいつも正面から向き合って、いいところも悪いところも明確に教えていただいたおかげで、自分の悪いところ、いいところ、素直に受けとめ、自分自身を理解し向き合う事ができました。いつも自分の嫌な部分から目をそらしていた私が自分の心と向き合うことが出来たのは、どんな自分でも受けとめてくださる先生がいるという安心感があったからです。自分を否定していた心が、あたたかくなり、生きていていいんだと思えるようになりました。
アカデミアに来てからの十ヶ月は、私の人生で一番密度の濃い時間でした。クリスマスには素敵なランチをありがとうございました。成人式は地元に帰らずに沖縄で過ごせて本当によかったです。先生方や皆にお祝いしていただいて成人を迎えられ本当に幸せでした。四月の誕生日にはお忙しい中わざわざお祝いしていただき、ケーキや心のこもったお料理など用意していただき、生まれてきて本当によかった、一番心に残る誕生日でした。先生が連れて行った下さった海はエメラルドグリーンで潮のにおい、波のゆれ、自然のなかで遊ぶことはこんなに楽しいんだと新鮮なおどろきを与えてくれました。一緒に逆立ちしたり泳いだり何だか家族みたいで本当に楽しかったです。
 先生が海外の歌やお話しをしてくださり、今まで教科書なんて自分から開いたこともない私が、もっと知りたいと好奇心から、歴史や地理を勉強するようになりました。何も知らず小さな世界で生きていたけれど、先生と出会い、世界は広くて沢山の知識で溢れていると知り視野が広がりました。

 ここに来るまで何度も命を絶とうとしました。でも先生にお会いして、お友達の田島さんが生前おっしゃって下さった「命どぅ宝」の心を学びました。「思いやり、感謝、尊敬」とても大切な心を、先生方との関係のなかで実際に心で感じながら学んだので、これから先も胸に刻んで大切にしていきます。アカデミアに来てから空っぽだった私の心は、卒業を迎えた今、楽しい思い出や先生方に頂いた愛や優しさ、あたたかいものでいっぱいに満たされています。先生との出会いで、先が見えなかった将来も光が差し、目には見えない大きな力で引っぱられるようにいい方向へいい方向へと導かれるようになりました。本当にこの出会いに感謝しています。
 こんなにあたたかく思いやりにあふれる場所は世界中さがしてもここにしかないし、この出会いは私の人生で最も大切で二度とない素晴らしい時間を与えてくれました。
今こうして先生方が用意してくださったスタートラインに立ち、先生方の元を離れ、一人で歩んでいくことに不安でいっぱいですが、どこに行こうとここで学んだことは、心に根付かせ、一歩一歩進んでいきたいです。最後になりましたが、いつも沢山の愛情と情熱をもち、ときには厳しく、いつもあたたかく支えて導いてくださって本当にありがとうございました。アカデミアから卒業してからが、本当のスタートだと思っています。素晴らしい先生の生徒ということを誇りに、心をひきしめ先生のように皆を笑顔に変えられる人になるよう努力します。私のように品のない田舎者でも見捨てないで導いていただき本当に感謝致します。本当に、本当にありがとうございました。これからもお身体に気をつけて、ずっとずっと元気で若々しい素敵な廣谷先生でいてくださることを心より願っております。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)

 廣谷先生、藤田先生、千葉先生、玉城先生、お世話になりました。
 十ヶ月前の私達家族の生活は生きていながらの地獄でした。わずか十ヶ月で由莉が、こんなに元気に、こんなに明るく、「ありがとう」「ごめんなさい」を自分から言えるようになるとは、ただただおどろきです。先生方に信頼され、励まし続けてもらったからだとは思いますが、本当に人は変わるものなのですね。
 先日久しぶりに会った由莉は、以前とは別人で化粧もせず、髪も自然で、服は普通の服。私が望んでいた格好でしたが、まさかここまでになるとは、褒めることもできず、言葉が見つかりませんでした。格好ばかり気にしていた子が、ニコニコ笑顔で、もうあり得ないという感じでした。カナダへの留学も本当は心配で行かせたくありませんでしたが、由莉を見て、大丈夫!大丈夫!と思い直しました。
 カナダへ行く事への不安はあるでしょうが、行きたい!もっと勉強したい!そんな希望を与えてくださり、本当に有難うございました。
 兄弟に由莉への励ましの手紙を書くように言っていましたが、なかなか出来上がらずに遅くなってしまいました。しかも、数行です。励ましてもプレッシャーになるし、いろいろ思い出させるのも怖いしと、皆思いは同じでした。そうしたなか、色紙に寄せ書きを作ろうと思っていたのに出来上がらず沖縄に行きました。私も由莉の気持ちはよくわかっていましたがイメージが浮かばず知らない顔をして帰りました。
 沖縄で由莉が泣いた時、藤田先生と話して、やっとイメージが思い浮かびました。どんなに家族が由莉を大切に思い、愛しているのかを、由莉がカナダへ出発する前に伝えないといけないと思いました。当然のことだし、当たり前のことだから、わざわざ言ったりしていないから、由莉には伝わっていなかったのですね!時間がなかったので、一週間でバタバタと心を込めて、ミニアルバムを作りました。実は中学校に入ると写真を撮らせなくなり、小学校までしかありません。上手く伝わるといいですが。
 これからは、由莉と私、一緒にやり直します。上手く叱れる母親になってみせます。由莉が勉強しに行きましたが、先生方と話していると、私自身の問題であったことに嫌でも気付く事になりました。卒業しますが、今後もどうぞよろしくお願いします。
 廣谷先生には、いつも、娘として愛情を持って叱っていただき、ありがとうございました。藤田先生には、とても大切にしてしただき、いつも思いやりを教えていただき、ありがとうございました。千葉先生には、女性の立場で親身になって考えていただき、ありがとうございました。玉城先生には、中学生レベルもないのに、しっかり勉強を教えていただきありがとうございました。
 アカデミアのお友達、沖縄の皆様の温かい思いやりのお陰で、私達家族は救われることが出来ました。本当にありがとうございました。


入学時 卒業時
なおや
15歳
群馬県出身

北海道の高校に編入!
高校認定試験合格!
札幌の高校に進学!
北海道の大学に進学 !


昼夜逆転、人の目も気になって不登校に
 
 僕は群馬県出身の杉村直哉と申します。歳は15歳で高校一年生です。 
 小学校の時に僕の父が埼玉から群馬に転勤になり、家族全員で新しい環境で生活を始める事になりました。中学校ではテニスクラブに入ってはいたのですが、ほんとうの自分を出す事ができず、中学校三年生の夏ごろからパソコンのインターネットにはまり始めてしまい、深夜の4時に寝て、朝の7時に起きる生活が普通になってしまいました。初めは、その不規則な生活でもどうにかやっていけたのですが、二ヵ月後くらいから段々と昼夜逆転がひどくなり始め、学校で寝てしまい家で寝れないという生活に変わっていきました。毎日授業中寝ている事を、他の人にどう思われているのかが気になり、周りの目を気にして学校に行けなくなってしまいました。中学時代は、そのままずるずると不登校のまま卒業する事になってしまいました。
 一応少しは勉強して、高校には行ったのですがパソコンにおぼれていた日々を忘れられず、再び不登校になってしまいました。自分が不登校になったせいで、親が混乱し家庭崩壊寸前まで追い込んでしまいました。僕もこのままだと大変な事になるということに気付き、どうするかを考えているところに親がアカデミアのホームページを見つけてくれました。ここなら自分を変えられると思い体験入学に来させて頂き入学させて頂きました。先生方は僕の心の悩みを同じ目線で理解し、ようやく心が軽くなり、今ではとても楽しく過ごさせていただいております。ここでは生きる為のライフスキルも毎日、教えて頂き、勉強もいっしょうけんめい取組み、社会で必要とされる人になりたいので、将来は、外国に行き英語を習得し、いままでの時間と取り戻すべく頑張りたいと思います。ここまで見守ってくれた父母にほんとうに感謝をしています。

卒業にあたって

 二年前、体験入学に来させていただいたとき、廣谷先生が僕の名前を呼んでお話して下さったことがとても嬉しかったです。それから一週間後にアカデミアに入学させていただき、二日後に真栄田岬まで連れていって下さったときは、泳げるかという不安があって、とても緊張していた僕に、とても優しく泳ぎ方を教えてくださり、そのおかげで自分でも驚くほどしっかり泳げました。残波ビーチでも、なかなか周りになじめなくて一人でいた僕に、逆立ち歩きや水に浮く方法を教えていただいたりして、一緒に遊んで下さり、本当にありがとうございました。とても楽しかったです。帰りは助手席に乗せていただいて、たくさんお話をして下さりありがとうございました。眠そうな眼をしてしまい申し訳ございませんでした。夕方に、夕日を見に連れていっていただいた時は、夕日の綺麗さと、廣谷先生のお話にとても感動しました。シュークリームも買って下さりありがとうございました。廣谷先生のお部屋に初めて招待していただいて、ご飯までごちそうになり、とても嬉しかったです。家の食卓とは全然違う雰囲気で、すごく安心できて、とても不思議な感覚でした。
 手作りのスパゲッティ、天そば、うどん、焼きそば、味噌ラーメン、とんこつラーメン、ジャージャーめん、冷やし中華、カレーライス、オムライス、オム焼きそば、親子丼、炒飯、ジンギスカン、餃子、春巻、生春巻、焼売、唐揚げ、海老フライ、タコス、サンドウィッチ、クリームスープ、おしるこ、バナナパフェ、その他沢山のお料理本当にありがとうございました。本当に、言葉では表せないほどです。料理中のときでも、調理方法やお手伝いの仕方を教えて下さり、本当にありがとうございました。お買い物も一緒に連れて行っていただき、ありがとうございました。物を落としたり、カートで近寄りすぎたり、おどおどしたりと、廣谷先生の横でとても恥ずかしい行動をしてしまい申し訳ございませんでした。備品や食品の買い出しを何度も忘れてしまい、本当に申し訳ございませんでした。責任感と思いやりは、どんなに時間がかかっても絶対に身につけます。
 進路相談では、四時間もお話をしていただき、本当にありがとうございました。母にもお話して下さり、兄のこともとても心配して下さり、本当にありがとうございました。廣谷先生が建て直して下さった家庭を、絶対に崩さないように本当に頑張ります。
 うそをつくことが一番悪いということがよく分かりました。これからは、どんなことがあってもうそをついたり、人をおとしめることは絶対にしません
 今年の一月と七月に、車の誘導のバイトを体験させていただき、ありがとうございました。お金をいただくことの大変さを身にしみるほど感じ、自分のうぬぼれがとても恥ずかしかったです。
 三月には、名護のセミナーに僕も連れて行って下さり、自己紹介までさせていただき、本当にありがとうございました。百人の人が拍手してくれることなど一度もなかったので、今どれほど幸せな場所に立たせていただいていたのかが、本当によく分かりました。
 とてもたくさんのお洋服をいただき、本当にありがとうございます。僕には一生選べないようなとても素敵なお洋服ばかりいただき、大切に使わせていただきます。
 この二年間、一人では何もできないということが本当によく分かりました。
 学校の授業で何度も居眠りをしてしまい、本当に申し訳ございません。何度も何度もご指摘いただき、本当にありがとうございました。 僕の持病について真正面から向かい合っていただき、本当にありがとうございました。おどおどしたり、泣いたりして、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした。吃音にも甘えないで頑張ります。
 この二年間、すぐに開き直る、性格が悪くて思いやりのない僕に対してこんなにも優しく接して下さり、真正面から向き合って下さり、本当にありがとうございました。
 絶対にしてはいけない開き直りをしてしまい、本当に申し訳ございません。二年間、本当にありがとうございました。これから北海道の高校に行っても絶対に開き直ったりせず、問題を起こさず卒業をします。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)

  廣谷校長先生、藤田先生、千葉先生、玉城先生、仲宗根先生にはいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
 二年前の今日(九月九日)に、アカデミアでの先生方皆様とのご縁をいただきまして、再スタートを切らせて頂くために直哉は沖縄へ伺わせて頂きますこととなりました。
 長きに渡ります二年間の時間の一つ一つにいつも変わらぬ全身全霊のご愛情を注いでくださいまして、本当に本当にありがとうございました。
 不登校となり、人といたしましての生活も心もなくしてしまったような息子を、私共家族ではどうすることも出来ませんでした。そのような息子に、真正面から誠心誠意向き合って下さり、真っ暗な毎日から光のある世界へと救ってくださいましたのがアカデミアの先生方でいらっしゃいました。
 小さなスクールの中に限りない愛情と大きな大きな育ちがありました。人として心も身体も自立して逞しく生きることが出来ますように、将来へ向かってしっかりと前へと歩ませて頂きました息子でございます。
 この度、九月一日に先生方の深いご愛情のもと、息子がアカデミアを卒業させて頂くこととなりまして、心よりありがたく感謝申し上げます。
 現在の息子を見つめまして、アカデミアで頂いて参りました一日一日がすべて将来への架け橋となり生きる上での宝ものをなってくださっていますことを感じております。
 二年ぶりの息子との生活の中に、遠く離れておりますアカデミアでの日々や先生方のお心が、どの時間にも傍に在ってくださるように思えて、とても心強く存じます。
 アカデミアでの日々を息子より伺っておりますが、さらに感謝の思いは募り、涙がこみあげて参ります。私共には見えない所で、先生方がどれほどの想いと共にご自身のお身体やお心の全部をかけてご尽力くださいましたことか…お言葉では尽くせませぬ時間を息子と共に積み重ねてくださいましたことと存じます。
 「感謝」「尊敬」「思いやり」…大切な心を刻んでいただき、「決意」と「覚悟」「継続」で社会で自立して生きて参りますことを、先生方の生き方やアカデミアでの沢山の出会い、経験を通して学ばせて頂きまして、今日のように変わることの出来ました息子でございます。
 「子は親の鏡」と申しますが、子供の姿に親が写ります。二年間の中で、親としても人としても不足でありましたことをたくさん、しっかりと見つめなおさせて頂くことが出来ました。息子が前へと進ませて頂いたのですから、私も親としてアカデミアの先生方から教えていただきましたことを指針として、凛として生きて参りますことを心に刻みました。
 廣谷先生、藤田先生、千葉先生、玉城先生、仲宗根先生、親子共にどれほどのご心配やご苦労をおかけして参りましたことでしょうか。どのような時にも決して諦められることなく、将来を見据えてご指導くださり、温かな優しさと厳しさで支え続けてくださいまして、本当にありがとうございました。
 そして、一緒に学び生活して、沢山の思い出を共にしてくださいました生徒の皆様、そっと見守ってくださり優しさで包んでくださいました大嶺さま、ご近所の皆様、睡眠を心強くご親身に支えてくださいました名嘉村クリニックの名嘉村先生・皆様、沢山の支えてくださいました皆様…息子は、アカデミアでの生活で、本当に多くのご縁とお心を頂きまして、かけがえのない絆で育てていただきました。
 九月十七日より高校へ伺わせて頂きますが、今日に至りますまで数えきれないほどのご尽力を頂き、息子を信じて強く前へ歩ませて頂きまして、本当にありがとうございました。新しいスタートラインへ立たせて頂くことの出来ました息子でございますが、何よりも健康で、少しでも社会のお役に立てます人として、これからを生きていってほしいと願っております。
 アカデミアインターナショナルボーディングスクールで培って頂きました日々に心より深くお礼申し上げます。
 お休みなされる間もない日々をお過ごしのことと存じます。どうぞ先生方におかれましてもご自愛くださいませ。先生方、生徒の皆様のご健康とお幸せをいつの日もお祈り申し上げております。
 言葉に尽くせぬ感謝の想いをこめまして

入学時 卒業時
はやて
14歳
千葉県出身

ニュージーランドの高校へ進学!

勝気な性格で人間関係が作れない
 
 僕は千葉県出身の岩澤颯と申します。中学二年生です。
 僕は小さい頃から親に「勉強、勉強」といわれ、小さい頃から一生懸命勉強をして良い成績を取る事に必死で、小学校ではずっと全校一番をキープしました。しかし、勝ち気で、生意気で、プライドが高く性格から小学校の最後のほうでは人間関係がうまくいかなくなってひとりよがりになり、学校に行かずに塾と家で勉強ばっかりするようになっていました。 
 でも心の中では、中学校では全く新しい生徒たちが集まるということで希望を持っていましたが、そこでも自分の悪い性格のせいで人間関係がうまくいかず、また関東では難関と言われる私立中学校だったので、毎日、毎日勉強と山の様な宿題の連続で、心の余裕がなくなり、いつもストレスでいっぱいで、自分は何の為にこんなに追い込まれているのか、勉強の意義も見い出せず、いつもイライラして、家族や祖母にあたっていました。
 学校に行ったり行かなかったりを繰り返し、ついに不登校になりました。引きこもっている間は、家でやりたい放題をして家族全員に迷惑をかけていました。
そんな時、伯父がアカデミアの事を紹介してくれ、後日体験入学に来させて頂き、その時の先生方のお話や、皆様の温かい歓迎に感動し、本入学させていただきました。
 アカデミアに来させて頂いてから五ヶ月目になります。
 今は自分の悪い性格を直すことに努力していて、将来は先生達の様に国際的に生き、だれにでも愛情いっぱいに接する大人になれる様になりたいです。



入学時 卒業時
ちはる
14歳
岐阜県出身

岐阜県の高校に進学決定!

学校なんてめんどくさい

 初めまして。こんにちは。
 私は岐阜県出身の遠藤千晴と申します。年は十四歳で中学三年生です。
 私は小さい頃から優柔不断でマイペースな性格でした。小学校に入ると、その性格が原因で同級生から浮く存在になっていました。高学年になると、オシャレにも興味がわき、だんだんと友達が出来たのですが、一人性格的に合わない子がいて、違う子と遊ぶと「なんでその子と遊ぶの?」と言われ、だんだんその子の言う事だけを聞くようになりました。でも私はその子のことが好きではなく、ついにその子の事を無視するようになりました。その後は、その子の悪口を違う子に言って、今までのストレスを発散していました。そのうちに人の悪口を言う事が癖になり、友達の悪口まで平気で言うようになっていました。
 中学校に入ると、さらに友達がたくさんでき、最初は制服のスカートを短くしたり、リボンをしたりとしていたのですが、それが徐々にエスカレートしていき、最後にはお菓子まで持ってくる毎日でした。そんなある日学校の先生に見つかってしまい、たくさんの先生から叱られました。その時、「学校なんてめんどくさい」と思いました。それからはすぐに髪を染め、平日でも友達と遊びに行き、夕方ごろ帰る日々でした。またそれと同時に物を買わないとイライラするようになり、服やメイク道具などを買って気持ちを落ち着かせていました。
 そんなダラダラとした生活を見ていた両親はいろいろと不登校の学校をインターネットで調べていました。ですが私は「不登校なんかじゃない」と言い張り、そのページを捨てていました。しょうがなく二つの学校にも見学に行ったのですが、どこにいっても「ヤンキー扱い」しかしてもらえず、もう自分の行くところはないんだと、あきらめていました。その時ふとアカデミアのページを見つけ、「今の生活を変えたい、沖縄に住みたい」と思い、すぐに体験入学をさせて頂きました。でもまた「ヤンキー」と言われると思っていたのですが先生方や生徒の皆さんは笑顔で普通に優しく話しかけて下さり、「ここでなら笑顔で生活できる」と思い、来ることを決意しました。本入学させて頂いてからは、先生方にいろいろな社会のマナーを教えて頂いたり、人を思う気持ち、感謝の気持ちなどを教えて頂き、初めて尊敬する方々に出会う事ができました。また今まで全く手をつけなかった勉強にも今では「やりたい」と思う気持ちが持てるようになりました。大人の注意は以前は反発をしていましたが、アカデミアの先生達は、私の事を本当に思ってくださるから、真剣に注意してくださると言う事が分かり、真剣に受け止める様になりました。ここでしっかり自分と向き合い、来年には自立した高校生として頑張れるよう努力していきたいです。大事な事を気付かせて頂いた先生達、一緒に毎日を過ごしている生徒の皆、そして決して諦めなかった両親に感謝しています。

卒業にあたって

この度は一年一ヶ月と長い間でしたが、大変お世話になりました。
今までは人目ばかり気にして、一番重要な甘えが強くわがままで人を思いやる気持ちがない性格に全く気づいていませんでした。ですが廣谷先生はどんな時でも真剣に私の心と向き合って下さり、どこが間違っていてどこを直していけばいいのかという事を的確に教えて下さりました。一番は自分の事ばかりで全く人を思いやる気持ちがなかった私に「人を思いやる気持ちがあれば、人も自分を思ってくれる」という言葉が心にひびき、周りを見て困っている人がいたら声をかける事ができるできるようになりました。またその言葉があったからこそ、アカデミアの生徒のみなさんに話しかけて頂ける存在になれたのだと思っており、大変感謝いたしております。
入学時から変わらず笑顔で接して下さったり、時には岐阜では絶対に食べる事のできない、めずらしいお菓子や廣谷先生の愛がたくさん入った手料理をわざわざ作って頂きまして、本当にありがとうございました。また熱を出した際にも、休日にも関わらずお部屋に来て下さり、とてもおいしいおかゆやうどんを運んで頂き、熱もすぐによくなりました。あの時には大変お世話になりました。ありがとうございました。そして何よりも推薦入試では、廣谷先生のお力添えがあったからこそ無事合格することができ、心から感謝の気持ちでいっぱいです。また出発する前日にはお部屋におじゃまさせて頂き、とてもおいしい北海道のおぞう煮を作って頂いたり、とても心強いお言葉を頂いたりと、不安だった心が安心の心へと変わり、当日は自信をもって受験に向かう事ができました。
アカデミアでの一番の思いでは海で泳いだことです。廣谷先生の運転で残波ビーチに連れていって頂いた際には、海面で長く浮く方法を体を使って教えて頂き、初めて浮くという楽しさを体験する事ができ、大変うれしかったです。この思い出は一生の宝物です。
日頃の授業ではどのお話も大切な事ばかりで、覚えるまでに時間がかかるのですが、どのお話の時にも感謝、尊敬、思いやりの三つを中心に話して下さっているのだという事を読み取ることができました。またおもしろいお話の際には結末を聞くのが待ちきれなくなるような話し方をされるため、毎回ドキドキワクワクとした気持ちで聞かせて頂きました。また世界のお話では、聞いたこともない所のお話をされると、どんな所なのかという思いになり、海外に行ってみたいと思わせるようなとても立体的なお話につい引き寄せられてしまいました。今までとてもたくさんのお話をして頂きまして、ありがとうございました。
アカデミアで廣谷先生とお会いできた事は一生忘れられないとても大切な思い出です。これから先いろいろな事があると思いますが、どんな時でも原点はアカデミアにあるという事をを忘れず、まじめに三年間高校に通います。そして胸を張って廣谷先生とお会いできる日を心よりお待ち致しております。毎日お忙しい日々をお過ごしのことと思いますが、お身体にはお気をつけて、廣谷先生のお幸せを心よりお祈り致しております。今まで本当にありがとうございました。


入学時 卒業時
ゆうじ
21歳
愛知県出身

沖縄で就労開始

内向的な性格で孤立

私の名前は内藤祐司です。愛知県出身で、年齢は21歳です。
アカデミアに入学して6ヶ月になります。
私は子供の頃から内向的な性格で、あまり友達が多くありませんでした。
中学校に入学してから、周りの人とうまくいかず孤立するようになり、学校に行く事が苦痛になりました。
高校に入学してからも同じ状況が続き、次第に保健室登校をするようになりました。
高校を卒業後、社会にすぐ出るのは難しかったので、静岡のフリースクールに行っていましたが、二年ほどでやめてしまい、もう先はないのではと落胆し、その後約半年間何をすることもなく、自宅に引きこもっていました。
毎日、諦めにも近い生活をしていた自分を見て、母親が前から気になっていた沖縄のアカデミアを思い出し、勧めてくれましたが、もう自分は何処へ行ってもだめなんだと思い込んでいたので、体験入学に行く気力も勇気もありませんでした。
それを知った廣谷先生が、地元、愛知県の豊橋までわざわざ自分に会いに来て下さいました。自宅ではなく、なぜ最寄りの駅だったか、後に分かった事ですが、自宅を出ると言う一歩を踏むと言うご配慮だった事が分かり、自分の事をこんなにも考えて下さって嬉しかったです。
緊張している自分に、廣谷先生は私に長い時間をかけて、真剣に、また笑顔を交えお話して下さいました。私はこんなに真剣に自分に接して下さる方は他にいないと思い、直ぐにアカデミアに行く事を決心し、3日後に先生と一緒に体験入学なしで沖縄に向かいました。
アカデミアでは人との関わり方や、社会に出るために必要な事を日々学ばせていただいております。ここで学べる全てを吸収したいと日々努力しています。
20歳を過ぎた生徒さんの多くは、カナダで英語を学び、ワーキングホリディーを利用し、外国で働くと言う経験をされると聞きました。先輩に続き、自分もその様な経験をしたく、自分と向き合い、頑張っています。
私はいつもサポートして下さっている先生方、生徒の皆さん、そして両親に感謝しています。


沖縄のフリースクール「アカデミア」は不登校、登校拒否、ひきこもりなどの問題を持つ生徒が、そこから起き上がる力、心の教育、生き方、ライフスキルを、日々の生活を通し習うスクールです。沖縄県内だけではなく、
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