‐生徒の体験談・結果‐

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入学時 卒業時
かおる
16
神奈川県出身


米カリフォルニア州私立高校編・卒業
渡米8ヶ月でTOEFL528点獲得!

米カリフォルニア州の大学へ進学!

家庭不安から見失った自分

自分の両親は僕が小学校の時に離婚をしました。父と母は僕の育て方についていつも口論をしていて、自分の生きたい様に生きさせたい母と、勉強をして良い成績を取る事を重視する父の価値観が合わず、自分も何を信じていいか分からなくなり、両親の離婚を機に自分も無気力になり、自分は何の為に生まれてきたのか、何をめざすのか、気持ちも生活もどんどん荒れていきました。中学もやる気が無く、また寂しさも相まって家に帰らない時もありました。高校受験に関しても向上心はまったく無く投げやりの気持ちで通信制高校に入学し、まばらに登校していました。今考えるときっと自分の心の支えが無かったからだと思います。
ある日そんな僕のやる気の無さ、覇気の無さを見ていた母親が不登校の相談会に参加してアカデミアを見つけてくれました。最初は只のフリースクール位に思って興味を示さなかったのですが、母親がどうしてもと勧めてくれたのと、自分もこのままでは人生が駄目になってしまうのではないかと何処かで思っていったので、勇気を絞って沖縄に体験入学に行ってみました。沖縄に着いて自分は愕然としました。それは皆過去に辛い経験をしているのに前向きに自分と向き合って一生懸命環境を変えて自立した生活をしていたからです。沖縄では、言い訳はできません。それは皆過去に同じ様な経験をしているからです。
アカデミアでは人との関係の持ち方、自立、マナー、英語、料理、から常識など生活するスキルを毎日学んでいます。今は不登校になって良かったと思うくらいです。先生も30代、40代の挫折ではなく10代の挫折で良かったね、と言って下さいます。今となって母が社会で生きるスキルを教えてくれる所だよと言っていた意味がよくわかるし、ほんとうに感謝しています。しっかり自分の人生をみつめこれから大きな夢に向けてしっかり生きて行こうと思います。僕を支えてくださっている先生達にはほんとうに感謝しています。ありがとうございました。

卒業にあたって
廣谷先生、長い間大変お世話になりました。僕は沖縄へ行く決心をして本当に良かったと思います。廣谷先生に出会った日から、僕の人生は大きく変わりました。そして、体験入学から横浜へ帰ったとき、初めて僕は自分がとても寂しいという事に気づきました。このまま横浜にいても自分の人生の意味や目標は決して見つからないだろう、というあの時の気持ちが、今の自分の原点です。どうしようもない寂しさに気づかないように開き直っていた状態のときに廣谷先生に出会い、今の自分があるのだということはいつも忘れてはならないと思っています。僕はアカデミアに来て初めて人に愛されている事を感じました。本当に、先生に大きな愛情を頂きました。いつも一緒にお買い物に連れて行ってくださり、また世界中の色んなお話を聞かせて頂き、とても楽しかったです。それにいつも美味しいものを食べさせてくださり、食べることがこんなに好きになるとは思っていませんでした。先生の作ってくださった料理も、どれも本当に美味しかったです。どれも心に残る思い出ばかりです。
さらに全国セミナーの際には、日本各地の様々な土地に連れて行ってくださり、横浜大会の時には、大変お疲れの中父とお話をしてくださり、僕がずっと向き合うことの出来なかった、父親の愛情が欲しいという僕の本当の気持ちを話して下さりありがとうございました。僕の家族の問題をだれよりも真剣に、誰よりも大きな気持ちで見つめて下さったのが廣谷先生です。本当に感謝の気持ちで一杯です。
そしてこの度、アメリカ留学という大きなチャンスを頂けたのは、全て先生のお力、人間的信頼によるもので、普通なら絶対に無い機会を与えてくださいました。先生と出会って、本当に大きく人生が変わりました。それは、先生方がそれだけ大きな気持ちをかけて下さったからです。大きなお支えのお陰で今日という日があることに感謝いたします。本当にありがとうございました。いつもいつも大変お忙しいかと思いますが、お身体だけはくれぐれもお気をつけてお過ごし下さい。先生のご健康を心よりお祈り申し上げます。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
先日沖縄に参りました際には、アカデミアで感動的なひとときを過ごさせていただきまして、ありがとうございました。廣谷先生がひとりひとりにかけて下さっているユーモアに味付けられた言葉、そこにあふれているあたたかいお気持ちをひしと感じ、本当にここに至るまで薫もどれほど大きな愛をいただいてきたことか、と改めて感謝の思いでいっぱいになりました。
思えば、通信制高校に通い始めた頃には何か違うと感じていた薫。秋には「オレの行く学校をさがしてくれ」と。そこで始めは家から通える所を考えましたが、説明会に伺って、廣谷先生やアカデミアの生徒さんの太陽のような明るいオーラに、私は圧倒されました。生徒さんが本当に心から先生を信頼している!!何て素晴らしい関係なんだろう。その絆の深さを目の当たりにし、深く心打たれたことでした。「この学校なら」「でも沖縄」「沖縄の地にあることがまた素晴らしいと思うのだけれど、大丈夫かな?」家に帰り、数校のパンフレットを見せましたが、薫もアカデミアに釘付けになり、他はもう目に入らないという感じでした。
体験入学に伺うと、皆さん心から歓迎してくださり、本当にあたたかいものに包まれ、感激でした。その晩、廣谷先生は早速薫を食事に連れて行って下さり、いろいろお話して下さいました。そこで、それまで誰にも言えず心に抱えていた重たい気持ちを話す事が出来たようで、本当に安心致しました。よく初対面の先生に話せたな、でも廣谷先生の大きくあたたかい愛にとろけ、信頼して話すことができたんだろうな、と嬉しく感謝したことでした。
「お母さん、見ていて。半年もすれば見違えるようになるから」
先生のそのお言葉は真実で、再会した時はびっくり、感動でした。こんな短い間にどうして人をこんなに変えることができるのだろう?本当に嬉しい驚きでした。
ところが、それからまだまだ中身が成長しない、人の気持ちがわからない、感謝の気持ちが伝えられないということで、本当に先生方には日々忍耐強く御指導いただきました。抱きしめていただいたこと、叱っていただいたこと、すべて愛のうちにありました。そしてとうとう留学に向けての大使館面接の前の晩まで…。本当に愛なくしてはあり得ない心からの御指導を賜りましたこと、感謝申し上げます。
家庭のトラブルで傷つき、一時は自暴自棄にもなってしまっていた薫が、アカデミアで先生方の深くてあたたかい愛をいっぱいいっぱいいただき、気持ちを切り換えて前向きに生きるエネルギーをいただけたこと、本当に感謝でなりません。心から尊敬できる師に(しかも若い時に)出逢えたということは、なんと幸せなことでしょう。先生方から身をもって教えていただいた、人として生きる姿勢は何者にもまさる宝物です。私は先生方を薫の命(魂)の恩人と思い感謝申し上げております。薫にとってアカデミアは心のふるさとに違いありません。留学先の寮の部屋には、まず先生方やお仲間と一緒に撮らせていただいた写真を飾ると申しておりました。辛い時にもきっと励まされることでしょう。
在学中は、本当にいつも何から何までお心のこもったご配慮をいただきましてありがとうございました。薫は先日、自分でも奇跡だと申し、感謝の気持ちをもってアメリカに飛び立って参りました。夢のようです。しかしまだまだ未熟なところだらけと思います。どうか先生方には、今後とも見守り、ご指導を賜りますようよろしくお願い申し上げます。



入学時 卒業時
せいご
17
福岡県出身


大検合格!
龍谷大学合格!

やりがいを見つけられなかったつまらない学校生活

僕の父は大牟田という町のお寺の住職をしており、母も手伝いをし、姉と妹と祖母の6人家族です。
 自分は中学までは普通に学校に行っており、部活にも入りそれなりに楽しい学校生活を送っていました。中学を卒業し、何となく近くの公立高校に入学したのですが、そこでは何もやりたいことか無く、学校生活でも納得のいかないことが多く、何のために学校に行っているのか分からなくなってしまいました。僕は人に嫌われるのが怖くていつも人に合わせていたので友達はそれなりにいたのですが、そんな人間関係が嫌になり、しだいに学校へ行かなくなってしまいました。 学校を辞めた後は通信制高校や音楽学校にも通ったりもしたのですが、そこでもうまくいかずまた辞めてしまいました。
 そんな時、父が僕のことをとても心配しインターネットでアカデミアを見つけてくれました。僕は両親に連れられて何となく体験入学に行くことになったのですが、とても驚きました。そこで僕より年下の中学生や高校生の元不登校だった生徒の頑張っている姿を見たからです。アカデミアの生徒は皆自立しており、そんな彼らを見ていると、それまでの人に甘えてばかりいた自分がとても恥ずかしくなりました。そしてそんな自分を変えたくてアカデミアに入学する事にしました。
 最近では先生方、生徒の皆の支えもあり大検もとることが出来、そして無事大学にも合格することが出来ました。これは不登校の頃の僕には考えられないことだと思います。
 社会からはみ出してしまった僕にこの様なチャンスを下さった先生方と、ずっと一緒に頑張って、いつも支えてくれた生徒の皆には本当に心から感謝しています。
最近での僕の夢は世界中を旅する事と、歌手になることです。将来は世界中を見て回り、色々な人と会って色々な考え方などを取り入れて、大きな人間になりたいと思っています。そして人間的に成長してお寺の住職になり、悩んでいるたくさんの人達の手助けをしていきたいと思っています。それと大好きな音楽も一緒にやって行けたらいいなと思っています。
 僕にこの様な希望を持たせて下さったのもアカデミアの先生方、生徒の皆のおかげです。ありがとうございました。

卒業にあたって
今回、2年間のアカデミアでの生活を終え、アカデミアの生徒としての最後のお手紙を書かせて頂きました。僕の生きてきた19年間の人生の中で一番素晴らしく、一番心の中に残っていく時間だと思います。僕にはまともな心がありません。全てを自己中心に考え、自己中心に感じています。そんな僕が先生方との思い出を書いていくのはとても失礼な気がしました。なので最後は綺麗な事は書かずに、この二年間で見つけた本当の自分の姿を書きたいと思います。
僕がこの二年間で最終的に見つけたものというのは、自分の勝手さや甘え、真剣さのなさ、根気のなさ、常識のなさなど自分の性格がとことん終わっているということでした。知識としては先生方のおっしゃっている事は頭に入り、沢山の事を学ばせて頂いたのですがやはり心ではちゃんと理解出来てはいないのだと自分でも解ります。僕はいつも自分の都合の良いようにお話を聞いていたと思います。先生方のおっしゃる事をそのまま頭に入れようとせず自分の考え、自分の解釈を混ぜ込み自分の中にしまっていたと思います。その結果、その一つ一つのズレが最終的に先生方を大きく裏切るという最悪の形となって卒業を迎えることになってしまいました。本当に数々の裏切り行為、申し訳ありません。
納得出来ないと思った時は、相手が誰であろうと気持ちを表に出して反抗します。しかし本当に自分の立場が危なくなると自分を守る為に誰にもバレない様に卑怯な手を使い自分を守ります。先生方には本当に沢山のお叱りを受けました。そうやってアカデミアでもアカデミアに来る前でも周りとの距離を保ち、いかに楽になれるか、いかに自分の時間を持てるかという具合に今まで生きてきました。この様に僕の中にはおそらく先生方の考えもしない様な汚いものが沢山あります。これは大袈裟でもなく、僕は犯罪者としても近い思考を持っていると感じることがあります。まずアカデミアに来ていなければいずれは犯罪者になっていたと思います。僕の場合、一人で犯罪を実行する様な危ないタイプです。
こんな僕でもアカデミアで生活をさせて頂く事が出来とても幸せでした。先生と過ごした何気ない時間、とても幸せでした。こんなどうしようもない僕にここまで熱心に関わって下さりありがとうございました。僕に夢や生きる目標、希望を持たせて下さりありがとうございました。様々な経験、様々な知識を与えて下さりありがとうございました。ずっと一人だった僕に感情、人とのつながりの大切さを教えて下さりありがとうございました。何もせず、何も出来なかった僕に働く力、考える力、生きていく力を与えて下さりありがとうございました。アカデミアを卒業しても今まで教えて頂いた事やこれから見て感じていくものをゆっくりと時間をかけてでも吸収していくつもりです。それがどのくらいかかるかは解りませんがこれからもがんばってゆきます。本当に今までありがとうございました。お身体には暮々もお気を付け下さい。

父母からのメッセージ
おかげさまで誓五の龍谷大学への入学が決まり、一安心しております。廣谷先生には大変お世話になりました。感謝しております。誓五もこの二年間、先生の叱咤激励の中でひとつずつ自分を取り戻していったのだろうと思います。父親として恥ずかしい限りですが、廣谷先生には誓五ともども、色々と勉強させていただきました。有り難うございます。
高校を中退した頃は、誓五にとって辛い体験だったと思います。また親としても本当に悩みました。しかし十代後半のこの多感な時期に、廣谷先生をはじめ、藤田先生、千葉先生、玉城先生、そしてスタッフの皆さんや同じアカデミアの生徒の皆さんと出会ったことは、誓五にとって何よりの宝物になったのではと思います。子供のことについて心配は尽きません。大学生活の事も心配していますが、誓五にとっていい経験になってくれればと願うばかりです。これからもどうぞよろしくご指導いただきますようお願い申し上げます。


入学時 卒業時 米国高校卒業時
けんたろう
17
鹿児島県出身

米カリフォルニア州私立高校編入
バスケットボール部キャプテンとして活躍

渡米8ヶ月でTOEFL497点獲得!
最優秀生徒として卒業・奨学金を獲得!

米カリフォルニア州の大学へ進学!

勉強をこなすだけだった学生生活

家族は両親と弟が一人の4人家族です。両親は共働きで2人とも公務員をしています。しかし僕の父は、公務員という職業に不満を持っていて、僕が小さい時から辞めて勉強したいといっていました。母もそんな父が気に入らなかったらしく、僕によく愚痴をこぼしていました。そんな冷めた両親の元に育った為か、僕自身も何処か冷めた、批判的な性格になっていて、周りに気を使うという事が出来ず、自分勝手な性格になっていました。人を信じるという事が出来ないため、本当に仲の良い友達というのは一人もいなくて、学校に行く目的は、ずっと本を読むことだけでした。そのような状態でも、中学2年までは学校に行くのは当たり前の事と思い、真面目に通っていました。しかし、中学3年になり、周りが受験一色になってくると、勉強が嫌いだった僕は少しずつ学校をサボるという事を覚える様になりました。僕は「勉強したくない」という思いだけで、専門学校に行きたいと思っていたのですが、父が僕に法律関係の道に進んで欲しいと思っていたことと、僕自身も高校ぐらいは出ておかないと、と思っていたので、ほとんど勉強もせず、しっかりとした目的も無しに、高校に入学しました。最初の一ヶ月は特に問題も無く通っていたのですが、高校で勉強する気の無かった僕は、宿題などを出さず、教師に目を付けられるようになっていきました。僕自身も彼らに合わせようという気が無く、また自分勝手な僕には、仲の良い友達もいなかったため、どんどん学校に居場所が無くなって行きました。しばらくは反発心で通っていたのですが、1学期の終わり頃に体調を崩し、そのままずるずると休むようになっていきました。2学期が始まった時には、また普通に行こうとしたのですが、高校に向かうにつれて足が重くなり、校門をくぐる事が出来ませんでした。それなのに僕は、学校に行けないということを認めたくなく、「あんな学校には行かないでいい。自分で何とかしてやる!」と、強がっていて、周りの意見に耳を貸そうともしませんでした。かといって、何かを始めようという気持ちも無く、毎日、夜遅くまで家に帰らない日が続きました。両親は、そんな僕を心配して、色々な事をしてくれたのですが、僕には何の効果もありませんでした。しかしある日、母が、鹿児島で不登校児とその親のカウンセリングを行っている上薗先生を見つけてきてくれました。上薗先生は生意気な僕の話を、本当に謙虚に聞いてくださり、僕の気持ちを分かってくださいました。そんな上薗先生の御陰で僕は再び学校に通えるようになったのですが、しばらく休んでいた上に、再びここでやり直したいという気持ちも持っていなかった僕には、高校の中に居場所がなくなっていました。そんな周りのよそよそしい態度に嫌気が差した僕は、以前紹介していただいた、アカデミアに体験入学に来る事を決めました。最初僕は、自分は何の問題もない、だからここで英語を勉強して、アメリカに行く踏み台にしようというような本当に傲慢な気持ちでした。しかし、実際にこちらに来て、周りのみんなの心からの明るさ、優しさを見たり、先生方のお話しを聞かせていただくうちに、自分の中に間違った物を感じ、また、ここでならそこを変えていけると思い、再びこちらに戻ってきました。こちらにきてからも先生たちは僕に本気で向き合ってくださり、その御陰で、自分の中の頑固さ、プライド、礼儀のなさなど色々なことに気付かせていただきました。また、僕の中になかった、人間関係とはどのようなものか、また築く為に大切なものは何かなど、生きる上で本当に大切な事を教えて頂きました。こちらに来た事で僕の人生は大きく変わったと思います。本当にこちらに来て良かったと心からそう思います。このような前向きな、明るい気持ちになれたのも本当に先生たちの御陰です。先生たちに出会いアカデミアに来る事ができた僕は本当に幸せです。これからも先生たちに教えて頂いたことを忘れずに、成長していきたいと思います。本当にありがとうございました。

卒業にあたって
この度は、先生のお力添えで無事アカデミアを卒業させて頂く事ができました。また先生が多大なリスクを背負い、学校を見つけてくださり、面接の練習や書類の作成までやってくださったお陰で、アメリカの高校編入という本当に素晴らしいチャンスを手にすることができました。本当にありがとうございました。先生と初めて出会ったのは、一昨年の十月のことでした。先生は、あの時僕を明るく迎えてくださり、お部屋に泊めてくださりました。あの時の先生のお心遣いのお陰で、僕は今ここに立つことができています。そうでなければ、僕はとんでもない人生を歩んでいたに違いありません。
そして、本入学の際にも緊張している僕を先生は暖かい笑顔で僕を迎えてくださいました。初めて海に行った時、勝気な僕は本当は辛いのに素直に助けを求められず、一人になってしまった時に暖かい言葉を掛けてくださった先生のお顔は忘れられません。頑固に自分にしがみつき、先生を怖がっていた僕に、先生は全身全霊で向き合ってくださり、自分と向き合うとはどのようなことか、教えてくださいました。そんな先生のお陰で、僕は自分の間違いに気づくことができました。また、先生は他にもたくさんの思い出をくださいました。先生のお部屋でご馳走していただいたラーメン、チャーハン、ビーフン、白玉、どれも本当に美味しかったです。僕達が寂しくないようにと持ってきてくださったお汁粉は、先生の愛情がいっぱい感じられて、本当に嬉しかったです。
また、先生は僕だけでなく、母や弟まで気遣ってくださいました。失礼な態度をとっていた母に対して、帰って安心させてやれ、と僕におっしゃってくださいました。先生には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。先生のように、仏様のような暖かさと強さを持った人は、世界にただ一人だけです。この素晴らしい出会いをしっかりと受け止め、自分が立っている場所があるのは先生方が全力で僕を押し上げてくださっているからだということを決して忘れず、一生懸命頑張っていきたいです。
素晴らしい経験、素晴らしい思い出、素晴らしい時間をありがとうございました。僕はここに来て、初めて本当の愛を受けることが出来ました。こんなに素晴らしい方々が僕の周りにいてくださったということを絶対忘れないようにこれから生きていきます。本当にありがとうございました。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
廣谷先生、お元気でご活躍の事と思います。
このたび、健太郎がアメリカに渡る事ができるようになりました。これも、先生の御指導のお陰だと深く感謝しております。アカデミアにおける教育で、健太郎が人生の目標を見つけ、渡米する自信と勇気を持つ事ができるようになりました。鹿児島の高校を中退した事が健太郎にとって悪い事ではなく、自分と向き合うよい機会になったのではないかと感じております。これも、先生の一人一人の子供の個性と能力を見極め、また御自身の多様な人生経験と情熱に裏付けられた教育のお陰だと深く感謝しております。
先生の今後益々の御活躍をお祈り申し上げると同時に、今後とも健太郎をよろしく御指導くださいますようお願い申し上げます。




入学時 卒業時 現 在
あき
14歳
鹿児島県出身

中学校へ復学
鹿児島県内の高校へ進学!
皆勤で高校卒業!

いじめられっ子をかばって起きた事

僕が不登校になった理由は、目の前でいじめを受けている友達を見捨てられず先生に報告した所、友達をいじめていた五人の生徒に「お前、先公にチクッたんだな、オイ。」と僕もいじめられる様になりました。僕はそんな学校が嫌になり学校に行けなくなりました。そして二年生からは、「学校に行こうクラス替えもあるし。」と思い一学期は本当に普通の人と同じ様に学校に通っていて、二学期の中場にまた学校をサボる様になりましたが、それでも学校には行かなきゃ行けないと思い学校に登校して教室に入ったら、「よっ、不登校。」とか「不登校のくせに。」などと暴言を目の前で言われその日以来、学校に行きたくなくなり学校に行きませんでした。学校に行っていない時は、ゲームをしたり漫画を読んだりしあまり食事もせずに不規則な生活をしていました。そんなダラダラとした生活を送っていたある日、鹿児島で廣谷先生を僕の友達の親の紹介で知り友達の家に行ったのですが、誰にも会いたくなかった僕は車のシートの間に隠れて廣谷先生の優しい呼びかけにもまったく反応せずに拒んでいました。そんな時、親が僕を車のシートの間から引っ張り出してくれ廣谷先生から「沖縄ではこんな子達が笑顔を取り戻して頑張っているんだよ。」と色々と沖縄での生活のことや元気を取り戻した人達の写真を見たときはとても感動しました。そして僕は沖縄にとても興味を持ち体験入学に行き、入学することにしました。いつも俯いていた僕に顔を上げ笑うことを教えてくださったことを僕は絶対に忘れません。また昨年クリスマスディナーに連れて行ってくださり、生まれて初めてあんなに素敵な夜を過ごすことができたのは、すべて先生方のお陰です。先生方にはとても感謝しています。有難うございました。

卒業にあたって
長い間本当にお世話になりました。廣谷先生をはじめ、先生方のアドバイスのお陰で勉強も少しずつできるようになり、また自分と向き合い、自分の立場をよく理解し、何事にも緊張感を持って行動するということを学びました。廣谷先生のお陰で大きく前進できたと思います。先生方のお言葉ひとつひとつを心にとどめ、中学校でも頑張っていきたいです。本当にありがとうございました。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
廣谷先生、大変お世話になりました。早くもあきが帰宅しましてから十二日目となりました。あきは毎日登校しておりますし、先生方同級生への関りはアカデミアで学んだことが大きく影響している様で、以前のように親にストレスをぶつけることは無くなりました。沖縄では、廣谷先生も藤田先生もあきを子供のように接してくださった。それはとてもありがたいことなんだよ、とあきに話しました。
これからは、何事も夫婦で話し合っていきたいと思います。不登校は、学校の問題以前に私たち夫婦の問題でした。あきが、沖縄でお世話になったことで、客観的に親子関係を見ることができました。またあきが無断で帰省しようとしたことでは、私の中にあった問題にも気づくことになりました。思い返すと、人の話が聞けない、いいわけ、嘘をつく、自己中心的など何度も注意してきて、へとへとになっていました。話を作ると信用されなくなることも話してきました。そして、私がなんとかしなければ、と危機感が常にありました。今回、愛情はもちろん、人を信用すること、まわりへの感謝の気持ちは社会に出る上で一番大事であると気づきました。親の抱えている問題はそのまま子供に現れることもあると身を持って経験いたしました。
あきの赤ちゃんの頃からの笑顔が、いつの間にかその裏に人を信用できない思いがあることに気づくことができませんでした。アカデミアにあきをお願いして、あきも立ち直りましたし、私も先生に救われました。ほんとうにありがとうございました。長い間、根気良く見ていただき、注意していただき、ありがとうございました。どうかくれぐれもご自愛のほどお祈り申し上げます。


入学時 卒業時
るい
15歳
神奈川県出身


神奈川県の高校へ進学!
就職決定!


障害者の姉を持ち寂しかった私

私の姉は、知的障害を持っており、私は小さい頃から姉の面倒を見ていました。小さい頃は、両親が私の事を構ってくれないと、泣いてばかりいました。私が小学校4年生の時に、両親は離婚し、それでも今までと変わらず、普通に生活していました。小学校5年生の夏休み、神奈川に母の両親が居るという事もあり、宮崎から神奈川へ引っ越しました。神奈川での小学校生活はあまり楽しくなく、家に帰ってからもいつも母の手伝いをし、学校でも自分を出さず、いつも我慢していました。先生からも、これからは家族をお前が守っていくんだぞと言われ、将来へ不安を抱えていました。中学校に入ると、学校で自分を出すようになり、家でもそれなりに楽しく生活していました。ですが中学2年の夏休みになると、だんだん我慢できなくなっていました。そして夏休みの間、不規則な生活を続けていたためか、新学期が始まっても朝起きれず、学校に行く回数が少なくなりました。それでも週3回程は行っていました。家に居場所がなかった私は、外に居場所を求めるようになり、遊びに行っても夜帰らないことがほとんどで、学校以外での友達ともよく遊ぶようになりました。家を飛び出したり、帰っても夜中の12時などでした。家に居ても、少しの事で姉に怒り、何で私がという思いから、そのたびに暴力を振るってしまいました。この時は、ほとんど学校には行っていない状態でした。これからはちゃんと行こうと思っている時に、友達とささいな事で喧嘩をし、まったく学校には行かなくなりました。そんな時、私の母は再婚しました。再婚するのは別に嫌ではなかったのですが、名字が変わるのがとても嫌でした。再婚するので引越し、次の学校ではちゃんと行こうと思っていたのですが、あまりなじめず、結局二、三回しか行かないまま、また不登校になりました。その頃は、夜遊ぶのもなくなり、姉に怒る事も少なくなったのですが、やはり受け入れる事はできませんでした。中学3年生だし、これからどうしようと思っている時、母がインターネットでアカデミアを見つけてくれました。ですがその時の私は、行こうとは思っていませんでした。ですが、このままではいけないという焦りから、体験入学に来ました。その時に、先生や生徒のみなさんは、私に温かく接して下さりました。そして、ここで頑張ってみようと思い本入学しました。こちらに入校させて頂いてから、人として常識の事や感謝の気持ち、尊敬心、思いやりなどを学び、先生方は、いろいろな事を教えて下さり、気付かせて下さりました。今は、先生方、生徒のみなさんのおかげで、楽しく充実した日々を過ごさせて頂き、本当に感謝しています。ありがとうございました。

卒業にあたって
廣谷先生に出会い、アカデミアに来させて頂いて一年半が過ぎました。もうそんなに経つなんて信じられません。一年半前の夏に廣谷先生に出会い、体験入学に来させて頂きました。先生は笑顔で迎えて下さり、ビーチでずっとお話して下さった事を今でも覚えています。ここでもう一度やり直そうと思い、本入学を決意しました。最初はずっと泣いてばかりで、でも何故泣いてしまうのか、何が苦しいのか自分で分かりませんでした。いつまでも過去を乗り越えられない私を先生は諦めずにいつも受け入れて下さり、そんな先生のお気持ちが嬉しく、そのお気持ちに応えられるように頑張って過去を乗り越えようと思いました。先生のお気持ちが本当に心の支えになりました。あの時、私の居場所はここなんだ、家族は家族で自分は自分、私は私の道を生きよう、自分の大切なもののために生きていこうと思いました。アメリカに行けなかった時はショックでしたが、お金がない事はその分頑張れるしとても良いことだと先生は教えて下さいました。そして先生はどうやったら私が自分の夢を叶えられるかを真剣に考えて下さり、絶対に頑張ってお金を貯めてアメリカに行こうと決意しました。私は、絶対に諦めないという気持ちを先生から教えていただきました。今では、行けなかった事は良かった事だと思っています。本当に感謝しています。
先生が作って下さったお料理は全部本当においしくて、一生忘れられません。服やバッグを買ってくださったり、ご飯を食べに連れて行ってくださったり、とてもとても嬉しかったです。今の自分がいるのは、先生に出会えたからだと思います。先生に教えて頂いた、感謝の気持ち、尊敬心、思いやりの心、そして諦めないという気持ちを忘れずにこれからも生きていこうと思います。そして自分の原点を見つめ、夢に向かって頑張ろうと思います。本当に心から感謝しています。ありがとうございました。

父母からのメッセージ(卒業後のお手紙)
この度はお世話になりまして本当にありがとうございました。また、アカデミアの先生方にも大変お世話になり心からお礼申し上げます。早いもので、るいが沖縄から戻りまして一週間が過ぎました。アカデミアで過ごさせて頂いた1年半の間に本人がこんなにも成長したのかと正直言って驚きの目で私は本人を見ております。人としての基本である挨拶は勿論の事、人としての常識や他人に対する思いやりの気持ちがこの短い時間の間にここまで身に付いたとは。そして何よりも本人が自分の目標を持ち、その目標に向かって自ら行動して行こうとする気持ちを持てた事が一番の成果だったのではないかと思っています。ここまで本人が成長出来たのも廣谷先生が我が子のように子供と正面から向き合って愛情を持って指導頂いた賜と感謝致しております。今回は残念ながらアメリカへの留学を見送ってしまいましたが、本人はこの先、絶対に留学したい、その為にも頑張ると言って気持ちを切り換えて前向きに自分の道を歩いて行ってくれています。これからは、アカデミアで教えて頂いた事を無駄にすることなく、アカデミアの卒業生として恥ずかしくない学生生活を送って行く事が出来るように私たちも本人と正面から向き合って応援して行きたいと思います。最後になりましたが、廣谷先生の今後益々のご活躍とアカデミアの発展を祈念致しております。本当にありがとうございました。 


沖縄のフリースクール「アカデミア」は不登校、登校拒否、ひきこもりなどの問題を持つ生徒が、そこから起き上がる力、心の教育、生き方、ライフスキルを、日々の生活を通し習うスクールです。沖縄県内だけではなく、
東京都 神奈川県 埼玉県 千葉県 など関東を中心に 大阪府 愛知県 名古屋市 などの関西 北海道 仙台市 などの東北 福岡 熊本 鹿児島 広島 兵庫 高知 徳島 などの九州 中国 四国からの生徒も受け入れております。

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