ゆったりとした時間の流れる亜熱帯の沖縄で環境を変えて心をリセット。アカデミアは生徒の社会的自立のお手伝いをする、自然環境に恵まれた沖縄のフリースクールです。
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‐生徒の体験談・結果‐ vol.1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
アート系専門学校に進学決定!
僕は中学2年の頃、絵を描く仕事に就きたいという夢ができて、夜中の3時まで勉強そっちのけで絵を描いたりマンガを読んだりしていて、完全に自己満足な状態になっていました。当然少しずつ成績が下がり始め、授業中によく居眠りをするようになっていました。僕のいたクラスには自分と話の合う友達が何人かいて、その子らと話すのがとても楽しかったので、なんとか学校には通えていました。ですが3年になると勉強がとても難しくなりそのころもまだ僕は夜更かしを続けていたので、授業についていけなくなり、もう勉強はいやになっていきました。クラスに話の合う友達は一人もいなくなり、そのかわりある一人のクラスメートから「キモイ」とか「ゴリラ」とか言われ、チョッカイも毎日のように受けていました。そのクラスメートというのがまた変な奴で「一緒に帰ろうぜ」とか「一緒に昼飯食おうぜ」とか仲良くしてきたとおもうとまた「ゴリラ」とかなんたらかんたらと・・・今思えば僕の気をひきたかったのかなと思います。当時の僕はその言葉にたえられず朝、布団の中で「もうからかわれるのはいやだ」と親の前で泣き出してしまいました。その後学校を休み、数時間後担任の先生から「あいつもみんなからそういう事を言われてるんだ。気持ちを分かってやんな」と電話がかかってきました。自分が言われていやな事は人にも言うなよ…。その後そのクラスメートから電話がかかってきて、お詫びの言葉を並べてきました。その時僕は「もういいよ」と優しい言葉をかけました。しかし久しぶりに行った学校で「クラスで一番キモイやつ〜」と言われ、僕はもうクラスに居るのがいやになり、学校に行かなくなりました。その後カウンセリングルーム、通信制高校など転々としましたが緊張して授業中に何度もトイレに行ってしまいまともに通えず、ついに家にひきこもるようになってしまい、だらけた生活が約2年続きました。そんなある日心配した両親が日本青少年育成協会の横浜大会でアカデミアを見つけてくれ、廣谷先生と話し、僕と廣谷先生を会えるようにしてくれました。僕は人とかかわるのがいやになっていて、乗り気ではなかったのですが、このままでは何も変わらないと思い廣谷先生に会うことにしました。廣谷先生はわざわざ僕の実家近くにまで来て下さり、アカデミアや沖縄はどういうところなのか優しく話して下さいました。はっきり言ってこういう人がいるのかとびっくりしました。僕はアカデミアがラストチャンスだと思い体験入学に来る事を決意しました。そこで集団生活をして頑張っている生徒のみなさんを見ていたら、こんな自分が恥ずかしくなり、自分もこういう人になれたらいいなと思い本入学することにしました。先生方の話を聞いていたら自分の不登校の原因は自分の甘えにあったとはっきり気づくことができました。今は素晴しい先生方、生徒の皆さんと関わり合いながら自分を見つめなおし充実した毎日を過ごしています。
アカデミアに来て一番印象に残っているのは、17才の誕生日でした。あの日のような温かい誕生日は初めてでした。…誕生日会をやったのは何年ぶりだろう…。とてもうれしかったです。ありがとうございました。また、アカデミアでの毎日の中で、自己中でプライドが高く、何か否定的なことを言われると、すぐにへこんでしまう。肯定的なことだけをいってほしいなど、こういう自分のいやな性格と本気で向きあうことができました。あと、北海道に連れていって下さりありがとうございました。初めて行った北海道で、素晴らしい景色やおいしい食べ物を食べさせてくださりありがとうございました。すごく楽しかったです。また、廣谷先生は思いやり、尊敬、感謝の気持ちの大切さを熱心に指導して下さったり、服やお菓子などもたくさん下さりました。親でもしてくれないことをたくさんして下さりました。本当に今思えば感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。…何というか、正月に帰ったとき、またしても親を手伝わなかったり、「廣谷先生は日本をバカにしている」など先生方のことをさんざん罵ってしまった自分が恥ずかしいです。すみませんでした…。あの時は反発心が強かったのですが、このごろ先生に言われることが理解できてきました。朝は「おはよう」と声をかけあうと、やっぱり気分よく1日を始められます。なにかしていただいたら、「ありがとう」と言ったほうがお互い気持ちがいいです。それと、お話の途中にトイレに何度も行ってしまいすみませんでした。しかし廣谷先生が励ましやアドバイスを下さったので、回数が減っていきました。本当にありがとうございました。やはり、不安からくるものだったのだなと思いました。そのおかげで大検にも落ち着いて、受けることができました。8科目中、2科目を落としましたが、今度こそ受かります!! あと首里城や平和祈念公園にお忙しい中連れていって下さりましてありがとうございました。沖縄の歴史と本土とは違った深みや面白さを見つけられました。そして改めて戦争の悲惨さや残酷さを認識することができました。「人間ってなんなんだー!!」と思ったりもしました。 廣谷先生、改めましてこの度は誠にお世話になりました。アカデミアに来て、あの生活から抜け出せて、廣谷先生とお会いすることができてよかったです。ここに来て人と関わることの楽しさ、そしてつらさを知ることができました。しかしアカデミアに来る前の私はそのつらさから逃げていたのでこのような性格になり、不登校になったのだと思います。ここに来てから、そのつらさがあるからこそ、楽しいこともあるということに気がつきました。 これからは、人と関わることから逃げずに生きていきます。これから本格的に寒くなってきます。体調を崩されないようお気をつけてお過ごし下さい。本当にありがとうございました。またお会いできるのを心から楽しみにしております。
さて、崇大がアカデミアにお世話になって1年と少し経ち横須賀に帰ってきました。高校卒業程度能力検定試験は、地学と生物を何とかパスしてくれたのではないかと期待しております。崇大の在学中は、廣谷校長先生はじめ、加藤副校長先生、藤田先生、玉城先生など先生方やサポートしてくださった方々、寮で共同生活をしてくれたお友達などたくさんの方々に一方ならぬお世話になりました。心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。 母親がアカデミアにお伺いした際、崇大に関しての様々なアドバイスを頂きました。長年子どもと生活を共にしているにもかかわらず、気がつかなかったり、見過ごしたりしていることを教えていただきました。ご指摘の点につきましては、公共機関等の専門家に相談するなどして、崇大にとって最良な方法を探していくつもりです。これからの崇大のことですが、専門学校でアニメーションのキャラクターデザインを勉強することを検討しております。 それでは、アカデミア インターナショナル ボーディング スクールの皆さん崇大ともども、またお会いする日を楽しみにしております。
私は、中学1年、2年と部活にも入り、普通に学校に通っていましたが、3年生になりクラス替えと担任の先生も変わって毎日が不安定な気持ちから段々辛くなり、疲れて学校も休む様になり、5月の終わりには無気力になり、ほとんど休むようになりました。6月から隣町の中学校に転校もしましたが、結局1日も行けずにそのまま家に居る状態が続きました。そのまま1ヶ月近くがたった頃、母がインターネットでアカデミアを見つけてくれ、7月の初めに体験入学に来させて頂く事になりました。私はとても緊張して、かたくなり、下ばかり向いていましたが、生徒の皆さんが笑顔で優しく喋りかけてきて下さり、私も自然と緊張が解れました。海で色々な話をしたり、オフィスで授業を受けたり、とても印象に残り、本入学をする事になりました。最初の時は、朝オフィスに行くのを嫌がったり、団体行動も苦手で自分勝手な事をして皆さんにとても迷惑をおかけしました。でも、先生方、生徒の皆さんが私の悩んでいる事を親身になって聞いて下さり、少しずつ慣れていきました。今ではアカデミアの先生方、生徒の皆さんのお陰で毎日とても楽しく生活を送らせて頂いています。 1月には地元の千葉の第一志望の高校に合格する事ができました。これも皆さんのお陰です。ありがとうございました。
米カリフォルニア州の大学へ進学!
僕の家は母子家庭で、家族の間ではほとんど会話もなく、家ではとてもプライドの高い兄と、いつも仕事で疲れて帰ってくる母からのプレッシャーがあり、僕は家の中にいるときもあまり安心感というものを感じることが出来ずに生活していました。そういう環境の中で育ったせいか、小学校の頃から人見知りが激しく、中学校に入ってからは人目も気にするようになり、中学を卒業する頃には限られた友達としかまともにしゃべることができないようになっていました。地元の進学校に進学してからは友達の数は極端に少なくなり、クラスでは孤立していくようになりました。そういう状態で半年間高校に通ったのですが、やがて学校にいるのが苦痛になり、不登校になってしまいました。 不登校になった最初の頃は将来に絶望し、憂鬱な日々を送っていましたが、時間が経つにつれ、いつか自殺すればいいやと思うようになり、毎日家にひきこもってゲームやパソコンに明け暮れるようになりました。そうした生活が約一年間続いたある日、母親がインターネットでアカデミアを見つけてくれ、アカデミアの生徒さんたちが家に何回も訪ねて来てくださりました。特にあつひろくんは毎日のように家に来てくれ、廣谷先生のこと、自分がアカデミアでどう変わったかという事、アカデミアでの生活の事など細かく教えてくれ、最初はアカデミアにほとんど興味がなかったのですが、次第に興味を持つようになりました。そしてある日、家に来てくださった生徒さんを寮に送りに行った時、寮の前で廣谷先生が待っていてくださり、僕を抱きしめてくださいました。それまで人に抱きしめられるということが無かった僕は、深い衝撃を受け、この人のそばにいたら変われるかもしれないと思い、アカデミアに通うようになりました。初めのうちはたまに休んでしまうこともありましたが、先生の真剣な話を聞いているうちに心を動かされ、自分からアカデミアに本入学させて欲しいと言いました。アカデミアに入学してからは毎日先生方のお手伝いをしたりして充実した日々を送らさせていただいています。
アカデミアに来る前の僕は、人生をあきらめ、人を信用せず、現実逃避ばかりしていました。しかし、そんな僕に廣谷先生は目を向けて下さり、アカデミアの先生方や生徒の皆様とご一緒にお忙しい中毎日のように家に来て下さり、また何度もお食事に連れて行って下さいました。始めのうちは、僕は自分の殻に閉じこもり、せっかく来て下さっているのにとても失礼な態度を取ってしまいました。それでも廣谷先生はあきらめずに何度もお話をして下さり、そのおかげで僕は何とか寮に入ることが出来ました。 それからも廣谷先生はまるで父親のように僕に接してくれ、また先生方や生徒の皆さんも本当に良くして下さいました。僕の未熟さと身勝手さから、不快な思いをさせてしまったこともありました。本当に申し訳ありませんでした。 もっと相手にとって自分がどうあるべきかということをよく考え、今の自分を支えて下さっている周りの方々への感謝の気持ちを忘れず、しっかり行動に移せる人間になれるよう努力していきたいと思います。また、いつも初心を忘れず、アカデミアで学んだことをいつも振り返り、今までお世話になったアカデミアの皆様へ少しでもご恩返しが出来るよう精一杯生きていきたいと思います。 廣谷先生、アカデミアの先生方、スタッフ、生徒の皆様、本当にありがとうございました。
卒業にあたり、アカデミアへ入学した時のことが思い出されます。生徒の皆さんが環の来るのを待っていて笑顔であたたかく迎えてくれたこと、とても印象に残っています。 アカデミアで人とのかかわり方や行儀作法、言葉遣いなど、勉強だけではなく人として大切なことをたくさん学ばせていただきました。又本人の性格的なことで乗り越えなければならない課題にも、愛情をもって、時には捨て身で接してくださいました。 アカデミアでの体験は本人がこれから生きていく上での土台となり、財産になったと思います。かえって不登校になってよかったのではと今では思えるようになりました。そして8月2日にはアメリカに向けて出発します。ここまで来れたのが奇跡のようです。卒業の際は駐車場までお見送り下さり、環を最後まで励ましていただきました。とても心強く感じたことでしょう。廣谷先生の優しさに深く感謝申し上げます。そして、生徒たちみんなが出口のところで待っていて見送ってくれたこと、とても感激いたしました。最初から最後までの心から私たち親子に接して下さりお礼申し上げます。 廣谷先生には、健康に十分御留意いただき、これからも末永く環や子供達の目標となっていただきたいと思います。
カナダにて英語を集中勉強 3ヶ月でTOEIC720点(TOEFL546)獲得! アメリカの大学へ入学!
僕は高校二年までは充実した学校生活を送っていましたが、夏休みに入ると、昼はゲーム、夜は夜遊びといった感じで遊んでばかりいたので生活のリズムが崩れてしまい、夏休みが終わってもそのまま一ヶ月ほど休んでしまいました。僕はその一ヶ月間、学校に行かなくてはいけないと思いつつも、まあ一ヶ月くらいなら何とかなると自分を甘やかしてゲームばかりしていました。 一ヵ月後、学校に行ってみると、友達関係は普段と変わっていませんでしたが、進学校だったせいもあり、自分が思っていたよりも勉強が進んでいました。それからは勉強の遅れを取り戻そうと頑張っていましたが、ある日自分は何のためにこんなに頑張っていたんだろうと思うようになり、そのまま学校に行かなくなりました。それから三ヵ月ほどの間は完全に昼夜逆転し、昼間寝て夜中にゲームをするようになりました。 そんな時、両親がアカデミアを見つけてくれ、体験入学させていただくことになりました。そこで廣谷先生をはじめ生徒の皆さんがとても優しく接してくださったので本入学させていただく事を決意しました。今では先生方や生徒の皆さんのお力添えもあり、生活のリズムもすっかり良くなり、8月の高卒検定に向けて頑張らせていただいています。
入学当初、自分勝手で反抗的な態度をとる息子を先生方は忍耐強く受け入れて下さり、人に勝つのではなく人を愛し受け入れることの大切さ、感謝の気持ち、謙虚さ、思いやり等、人間にとって何が一番大切か、また日々の生活の中でどのように生きていくかを身をもって教えて下さいました。順調に成長した反面、いつしか利己的で傲慢になっていた息子にとって、心と共に生きる筋道を教えていただいたことは、今後生きていく上で幸せなことだったと思います。また親として一番大切な心の豊かさを育んでいなかったことを痛感し、深く反省しています。先生方に優しく受けとめていただいた事、教えていただいたこと、本気で叱っていただいたこと、その愛情あふれるご指導のお陰で、冷え切った心は癒され、次第に変わっていくことができました。私たちに対しても感謝の気持ちを持つようになり、家族の絆も取り戻すことができました。冬休みには「お父さん、お母さんに迷惑をかけたけど、アカデミアに行かせてもらったお陰で、大切なことを学んだから、自信を持って頑張れる」と笑顔で話し、前向きに生きていこうという姿勢が感じられ、本当に嬉しく思いました。暗く悲しい目をして自暴自棄になっていたあの頃を思いますと、感無量です。このように成長できたのも、先生方が昼夜を問わず熱心に御指導ご尽力いただいた賜物と思い、心から御礼申し上げます。 進路に関しても二転三転しご迷惑をおかけしたにもかかわらず、留学のチャンスをいただき本当に有難うございました。自分には何が足らなくて何を身に付けるべきか考えて決心したようです。まだまだ未熟な息子ですが、広い世界を見て、生きる力を身に付けてくれるように見守りたいと思います。在学中、顔の湿疹や耳の治療で何度も病院に連れて行っていただきご心配いただいたこと、お食事や買い物に連れて行っていただいたこと、先日はお洋服を沢山買っていただいたそうで、ありがとうございました。色々お世話いただき、御厚情賜りましたこと重ねて御礼申し上げます。 アカデミアで生活面、精神面での自立の基礎を築いていただいたことは、息子にとって大きな成長でしたし、先生方のお陰で挫折したことが不幸なことではなく心豊かな人生を歩むための布石とすることができました。彼の人生の中で、真正面から真摯に向き合って下さる先生方に出会い、自分を見つめなおす時間を過ごせたことは、きっと貴重な財産になると思います。これからも自立していく上で色々な試練に出会うでしょうが、アカデミアで学んだことを大切に逞しく歩んでほしいと願っています。 今後とも、息子のことを温かく見守り御指導下さいます様お願い申し上げます。
一年生の優秀生徒として表彰される! 高校で生徒会長として活躍! 文教大学合格!
そのころ兄がアカデミアに入学するために沖縄に行きました。それまでは兄が夕食を作っていたのですが、その兄がいなくなってしまったので僕は夕食を食べたり食べなかったりと不規則な生活を送っていました。母も仕事が忙しく、僕は学校から帰ってもゲームばかりしていました。そんな時廣谷先生とお会いして、アカデミアについての事や僕の将来についての事などをお話して頂きました。そこで廣谷先生はアカデミアに来ないかとおっしゃって下さり、メールも何度か頂いたのですが、きちんとした返事もせず大変失礼な態度をとってしまいました。それでも廣谷先生は何度も声をかけてくださり、アカデミアに興味を持つようになりました。母からもアカデミアに行って見ないかと言われ、またアカデミアに入学した兄の変わりようを見て、僕もここでなら変われるかもしれないと思いアカデミアに入学する事を決めました。入学させていただいてからは、今まで体験した事のないようなことをたくさん体験させていただいています。廣谷先生をはじめとして、アカデミアの先生方や生徒の皆さんのお力添えがあり、楽しい日々を過ごさせて頂いています。
航空技術専門学校に進学! 全日空系の会社へ就職決定!
その時の僕は単位があまり取れていなかったため、担任の先生から「このままでは3年生に進級できるか分からない」と言われ、僕はもう学校に行きたくない、このままバイトだけで生きていきたいと思い、学校を辞めるつもりでいました。それを知った母がインターネットでアカデミアインターナショナルを見つけてくれ、体験入学させて頂く事になりました。その際、廣谷先生やアカデミアの先生方、生徒の皆さんから優しくしていただいたことや、体験入学の最後の日に廣谷先生に食事に連れて行ってくださったことが心に残り、後日本入学させていただきました。アカデミアに入ったばかりの頃はとても落ち着きがなく学校内をウロウロばっかりしていました。その行動の原因は不安からくるものだったと思います。その時の先生方はその時の自分を見てとても悩んでいました。そして自分を安心させてくれる為、一生懸命向き合って下さいました。それから先生達との信頼関係を築く事により、数ヶ月たった今では落ち着きのない行動は見事克服することが出来ました。また廣谷先生からのご紹介で、北海道の池上学院高等学校の通信コースに編入させていただくことが出来、来年の高校卒業に向けて頑張っています。今は部屋で料理を作ったり、部屋のみんなと楽しく生活して、とても充実した日々を送らさせていただいています。
先日、札幌の池上高校始業式前日の夜、地下鉄の改札口で別れる際、「今まで迷惑かけて本当にごめん。僕頑張るけん。何も心配せんでええよ。アカデミアで自信をもらったから」そういって笑顔で手を振り、一人電車に乗り込みました。 これからもいろいろな困難があるでしょう。しかしアカデミアで学んだ事が息子を支えてくれることを信じています。本当にありがとうございました。
僕は、小さい頃のことをあまり覚えてなくて、ただ父に怒られた記憶しかありません。父は、勉強の成績が悪かったり門限を破ったりすると怒り、僕を叩いたり怒鳴ったりしました。小学校、中学校と進級していくうちに父も僕の事をあまり叩かなくなりましたが、僕は小さい頃の体験であまり大人を好きになれず、大人に何も言われたくなかったので学校をサボり、家にも帰らないようになりました。その時は将来の事など全く考えず、学校でも家でも暴力を振るい、悪い事ばかりしていました。 それを心配した母が、アカデミアを見つけてくれ、体験入学に来ました。先生や生徒の皆さんは優しく僕を出迎えてくれ、僕は本入学することになりました。ですが、僕は地元の友達と遊びたくて、3ヶ月で帰ってしまいました。帰った後も、アカデミアの先生や生徒の皆さんはいつも電話やメールを下さり、僕の事を本当に大切にして下さいました。そして、廣谷先生、藤田先生、赤瀬さんは大阪まで会いに来てくださいました。僕は皆さんの気持ちの真剣さを知り、僕も真剣にならないといけないと思い、またアカデミアに戻ってきました。今は、アメリカの高校に行くために、先生方や生徒の皆さんのお力をお借りして一生懸命がんばっています。あきらめないで僕にチャンスと夢を下さった先生方、生徒の皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
入校した時から、遅刻や喫煙、反抗的な態度を取り、廣谷先生にはいつも迷惑ばかりかけてきました。ですが廣谷先生はそんな僕を見捨てず、怒る時にも優しさを持ち、いつも優しく声をかけて下さいました。先生と一緒に北海道を旅行させていただいたり、映画にも連れて行って下さり、色々なところに食事にも連れて行って下さいました。初めてのことだったので嬉しかったです。廣谷先生は、入校した時からずっと変わらぬ優しさで接して下さいました。 これからアカデミアを離れて生活するのですが、アカデミアで学んだたくさんの大切な事を忘れないで、がんばっていこうと思います。 今まで本当にありがとうございました。お身体にはお気をつけ下さい。またお会いできる日を楽しみにしています。
今、二年前のことを思い返しますと、日々荒れていく中学生活のなかで、本人も悪いと思いつつも、現実から目をそむけ、不良グループから抜け出すこともできず、裕司も私ども家族も正直申しまして、どうしたら良いのかわからず、ただ時間ばかりが過ぎていくような日々でございました。しかし廣谷先生にお会いし、お話いただいた事がきっかけでアカデミアに入学し、又何度も挫折しかけた裕司を、廣谷先生をはじめ慎一先生、スタッフの皆様方が心に響くお話や指導をして下さり、見守っていただけたことは本当に心強く、感謝の申し上げようもございません。本当にありがとうございました。 裕司も池上学院での新たな高校生活を始めました。先生方にも近況報告をすると申しておりました。これからも、よろしく御指導くださいますよう伏してお願い申し上げます。
本年度高校卒業! 東京のアート系専門学校に進学!
私は小さい頃から全くと言って良い程友達が居ませんでした。幼稚園では、ごくたまに、ほんとうにごくたまに仲良くしてくれる子もいましたが、それも一日きりだったりと、あまり長くは続きませんでした。結局、これといって仲の良い友達も出来ないまま卒園し、家庭の都合により当時いた栃木の宇都宮を離れ、東京の練馬区の公立小学校に入学しました。最初のほんの二、三日間は周りの子も仲良くしてくれ、それなりに楽しい日々を過ごしていたのですが、ある日突然周りの態度が一変し、それからまもなくして、いじめが始まりました。 小学校一、二年の頃のいじめが特に酷く、その頃はクラス中の生徒全員が敵にまわっているような状態でした。中でも男子からのいじめが主なもので、「キモイ」「ゴリラ」「寄るな触るな」などと言われ、まるで自分が汚いもののように扱われたり、給食ナプキンで顔を叩かれたり、「〜しろ」と命令され、私が逆らえず、仕方なくその通りの行動をとると「いけねえんだー」と言って大笑いされたりとさまざまな被害を受けました。 女子の方からは直接いじめと言えるようなことはされませんでしたが、「違うでしょ!?」「なにやってんのー!?」と、かなりの辛口で集中的に注意されたり、体育の授業のチーム分けで「小百合ちゃんいらない」と言って他のチームに押しつけられたりと、遠回しにいじめのようなことはされました。私は昔から何をやっても失敗ばかりで、そのようなことを言われても仕方がないと頭では理解しているのですが、どうしてもそれが悪意を込めて言っているように感じられてしまうのです。それでも後者の「小百合ちゃんいらない」と言った子に対しては明らかに悪意があると解釈してしまった私は、それならいじめ側にまわって直接罵ってくれた方がまだ良かった、というのが当時の正直な感想でした。 また、その時私は「死にたい」とは思いませんでした。というのも、自分は何も悪くないと確信していたからです。きっといじめられた原因は、ただ単に私がいじめの絶好のターゲットだったからだと考えています。故に、私が死ぬ必要はない。彼らが死ねばいい。という考えをずっと持っていました。 小学校二年のある日、とうとう限界に達し、一日だけ学校を休み、翌日学校へ行ってみると、いじめは保護者会での話題になる程の大問題となっていました。その後、いじめは一旦おさまったのですが、時が経ち、小学校四年生に進級したある日、再びいじめが起こり、今度は肌の色について「黒い」「ガングロ」という風に言われ、以前と同じ様に汚いもののように私を扱い、皆が皆私を嫌がるようになったのです。これも五年生に進級し、主ないじめっ子達とクラスが分かれたことによりおさまりましたが、次は自分が笑いのネタにされるという嫌がらせが起こりました。そのきっかけは、私の学芸会での演技や台詞でした。この嫌がらせもおなじみの七、八人のいじめっ子達によるもので、彼らは私の些細な発言や行動、私の好きなものや読んでいた本のタイトルまでも、大声で馬鹿にしたような口調で言ってはクスクスクスクスと笑うのです。 同じく練馬区の中学へ進学しても状況は相変わらずで、私は嫌がらせに遭い、今度は私の親友がいじめに遭いました。私は小学校であれほど辛い経験をしたにも関わらず彼女を庇ったり助けたりしてやることは出来ず、なぐさめたり仲良くしたりする程度のことしかできずにいました。同じ思いをしているのを見るのが辛かったです。ある日の選択の授業で、私は運悪く小学校時代のいじめっ子と同じ授業になってしまい、どうしてもそれが偶然とは思えなかった私は、誰かの陰謀かとさえ思いました。案の定、私は何もしていないのに「うわー、筒井の隣りかよ、最悪。離れよー」と言って机を私から遠ざけ、もう一人は「調子に乗ってるとまたいじめるよ」と身に覚えのない言葉を投げかけてきたのでした。私は怖くて、それからまたどことなくいじめが起こりそうな雰囲気になってきて、危険回避にと不登校になりました。自分を守るためにはこの方法しかありませんでした。 それから、フリースクールや心療内科へ行ったり、母や同じクラスの女の子達から「学校行こう、学校行こう」と説得されるようになりました。この頃、学校へ行く=当たり前というのはおかしいと思うようになりました。苦手なものや嫌いなものは誰にでもある。それがたまたま学校だった人なんて世の中にはごまんといるんだ。やりたくないことを無理にする必要なんてない、行きたくないところへ無理に行く必要なんてない。という考えを持つ様になりました。 しばらくして通っていたフリースクールが潰れ、新しいフリースクールを探すことになったのですが、その時インターネットでアカデミアを見つけました。父の勧めもあり、体験入学に来させて頂いたときに、私の来校をとても楽しみにしてくれたとアカデミアの女の子達から聞きました。「酷いね、その子達」「辛かったんだね」「いつでも沖縄に帰っておいで」というアカデミアの皆様の一言がとても嬉しかった私は本入学を決心し、以来こちらでは毎日楽しく過ごさせて頂いています。宜しくお願いします。
数多くの失礼を繰り返し、海外で学ぶという大きなチャンスを蹴ってしまい、先生のお気持ちを裏切ってしまったことは、悔やんでも悔やみきれません。しかし、そのような私に対してでも、廣谷先生は最後まで真剣に深い愛情をもって接して下さり、とても嬉しく思いました。人嫌いで無感情で、感謝することを知らない私に、今まで気付こうともしなかった自分の悪いところを省みる機会を与えて下さり、ありがとうございます。それだけでなく、普通なら誰も相手にしたくないような私を一人の人間として扱ってくださり、笑うことの大切さを考えて下さいました。私が今幸せでいられるのは、廣谷先生のお陰です。 今秋から生まれて初めての高校生活をさせて頂くにあたって、自分勝手な判断で振り回してしまい、申し訳ありませんでした。私を高校生にして下さり、何とお礼を言っていいか分かりません。廣谷先生のお力がなければ、今頃は誰とも関わることなく、孤独な日々を送っていたと思います。こんなにも私のことを思って下さっていたにも関わらず、私は恩を仇で返すようなことばかりしてしまいました。本当にごめんなさい。決して許されはしないと思いますが、少しでもその償いと、そしてご恩返しになるような高校生活をお送りさせて頂けたら、これほど喜ばしいことはありません。 最後になりましたが、廣谷先生にお会いできたことに心よりお礼申し上げます。こんなにも真剣で純粋な大人の方がいらっしゃることを初めて知りました。このような素敵な二年間を用意して頂き、本当にありがとうございました。 廣谷先生のご健康とご多幸をお祈りしております。
高卒認定試験合格! カナダの提携高校へ編入! カナダの高校を卒業! カナダの大学へ進学!
私の中学校生活は、授業にも参加せず、無断で学校を欠席するような友達との交友が中心でした。その女子の友達からは裏切られ、少しのいじめも受けていました。仲間はずれは毎日のようにありました。そして服装や髪の毛の色もどんどん派手になり、先生や学校のクラスメイトからは冷たい目で見られ偏見の目で見られるようになりました。また、親とも仲が良くなく、お互いに信頼関係が結べていなかったので、私は死にたいと思った時が何度かありました。 そんな私を心配した母がインターネットでアカデミアを探してくれ体験入学で沖縄に来させていただきました。 私は、もう心も身体もぼろぼろでした。体験入学では、皆さんが自己紹介して下さっているのに、じっと座って話を聞くことができず、途中で泣いてしまい教室を出てしまいました。そして一日中、学校のソファーで泣き続けました。初めて会ったばかりなのに副校長の加藤先生は、私の横に座りずっとせんすで扇いで「大丈夫だよ」など声をかけてくれました。私は、こんなに温かくて、優しい人に生まれて初めて出会いました。その加藤先生の優しさに安心感を持ち、この沖縄で頑張ろうと思いアカデミアに入学させて頂きました。入学してからは、学校で習わなかったこと、人間関係の築き方、尊敬心、感謝の気持ちや人への思いやりなどたくさんのことを毎日学ばさせて頂いています。そして本入学してから半年が過ぎましたが、毎日楽しくとても充実して本当に幸せです。アカデミアの先生方、生徒の皆さんのおかげです。また私を見守ってくれた両親と姉には感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございます。
とてもめちゃくちゃで反抗ばかりしていた私は、誰にも受け入れて頂けなかったのに廣谷先生に優しく暖かく受け入れて頂けて本当に嬉しかったです。そして品がなくて安っぽい私の事を大切にお嬢様のように接して、私なんかに合わせて頂いて本当にありがとうございました。廣谷先生との出会いがあり私は毎日が楽しくとても幸せになる事ができました。廣谷先生に作って頂いたお料理は今までに食べた事のないおいしいものばかりで日本にいながらでも海外の料理を食べているようでした。いつも優しくお支えして頂いたのに本当に沢山のご迷惑や失礼な態度をしてしまい本当に申し訳ありませんでした。 先日も最後の最後に自分の甘えでふざけた事をしてしまい大変失礼な事をしてしまい申し訳ありませんでした。廣谷先生との出会いがあり私の人生180度変わることができました。私の事を思っていつも熱心なご指導をして頂きありがとうございました。これから自分に甘えず厳しく感謝の気持ちと原点を忘れずに自己管理をきちんとして努力してまいります。今まで長い間本当にお世話になりました。くれぐれもお身体を崩されませんようにお気を付け下さい。 |
沖縄のフリースクール「アカデミア」は不登校、登校拒否、ひきこもりなどの問題を持つ生徒が、そこから起き上がる力、心の教育、生き方、ライフスキルを、日々の生活を通し習うスクールです。沖縄県内だけではなく、
東京都 神奈川県 埼玉県 千葉県 など関東を中心に 大阪府 愛知県 名古屋市 などの関西 北海道 仙台市 などの東北 福岡 熊本 鹿児島 広島 兵庫 高知 徳島 などの九州 中国 四国からの生徒も受け入れております。